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Savior 第一部 救世主と魔女Ⅴ

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 いつもの時間だ。
 目を覚ましたアルベルト・スターレンは、祈りの時間が近づいてきたことを感じてベッドから降りた。隣のベッドではゼノ、その隣のベッドではキーネスがぐっすり眠っている。寝室は真っ暗で、まだ陽の光は射してはいない。アルベルトは物音を立てないよう慎重に扉を開くと、隣のリビングへと移った。
 誰もいないリビングから窓の外を眺めると、東の水平線がわずかに白み始めているのが見て取れた。手前に広がるメリエ・セラスの街は、所々オレンジ色の光が灯っている。霊晶石の照明だろう。店が集まっている大通りなどは、まだ早い時間だというのに道沿いに複数の明かりが灯っている。白く染まりつつある水平線と、街に灯る生き生きとした明かり。それとは対照的に、空は黒く蠢いていた。
 空を埋め尽くす悪魔の群れは、今日もメリエ・セラスの上をふらふらと彷徨っている。貿易港であり、人口も多く、かつ結界のないこの街の誰かに取り憑こうと、虎視眈々と狙っている。すぐに手を出さないのは、弱いとはいえ街の人々を護る別の力があるためか。明かりの下で行きかう人々をしばし眺めてから、アルベルトはリビングの中央へと戻った。
 暗い部屋の中央で、アルベルトは跪いた。目の前にロザリオを置き、聖水を入れた瓶を並べる。準備を終えたところで手を組み、頭を垂れると、アルベルトは祈りを唱え始めた。
「神よ。我に祝福を。我が祈りに耳を傾け給え。我が道を光で照らし、我が魂を導き給え。我が務めを為しえるよう力を与え給え」
 祈りは静寂の中で細やかながら谺する。
「神よ。彼の者に赦しを与え給え。安らぎを与え給え。彼の者が犯した過ちを清め給え。驕りから引き離し給え。真実を与え、光を与え、無垢なる者と成らせ給え。彼の者に救う邪悪を打ち祓う力を与え給え。光満ち、穢れなく、正しき道を歩ませ給え。
 神の名において汝に命ずる。彼の者は神の使徒、神のしもべ、神の子羊。その魂は光の内にあり、神に属するものである。
 彼の者を離れ、汝が出し深淵へ還れ。我は神の名において汝を砕き、汝を裁き、汝を打ち砕く。災いを齎すものよ。神の聖なる炎に焼かれ、灰燼と化せ」
 延々と文言を唱え、終着まで辿り着いたらまた冒頭へと舞い戻る。悪魔祓い師の祓魔の儀式はこれの繰り返した。悪魔を祓えるまで、気力の続く限り。だが二周目も半ばに差し掛かったところで、急激に身体の力が抜けて行くような感覚に襲われた。
「――っ」
 襲い来る疲労感に、言葉が詰まりそうになる。辛うじて祈りを唱え続けたものの、ロザリオや聖印に灯った光は急速に失われていった。どれほど集中しても、光が強まることはない。やがて聖なる光が完全に消え去ってしまうと、アルベルトは祈りを中断して溜息をついた。
「……駄目、か」
 額に浮かんだ脂汗をぬぐい、乱れた息を整える。形式だけの練習でさえ、いつもここで力尽きてしまう。祓魔の秘蹟は元より長丁場なのに、この程度で力尽きていたのでは悪魔など到底祓えない。
「――情けない」
 リゼとは違って、悪魔祓い師の祓魔の儀式は一人では達成できない。よほど優れた、それこそ悪魔祓い師の長やその直属の補佐でもない限り、複数人の悪魔祓い師と聖水などの聖具、長時間の祈りによって為される。しかしそれを差し引いても、アルベルトの祓魔の力は低い。略式で形だけの練習なら、二周をきちんと終えられるのが普通だ。悪魔と戦うだけなら十分だし、不足は剣術の腕とこの“眼”で補えるが、祓魔の術を行使するには明らかに力不足だ。アルベルトはそのことが悔しくてならなかった。
「我らが主。偉大なる神よ。迷える貴方のしもべに道をお示しください」
 無力感に苛まれながら、アルベルトは神に祈りを捧げる。その姿を、窓から射す光が照らし出す。地平と水平の間から顔を覗かせた朝日は、アルベルトの前に真っ直ぐな光を投げ掛けた。
 その光は、夜の闇が満ちる街を照らしたが、進むべき道を示してはくれなかった。



 ミガー唯一の貿易港メリエ・セラスは、今日も今日とて灼熱の中にあった。
 窓から差し込む光はギラギラとして厳しい。砂漠特融の灼熱の日差しは暴力的なほど降り注ぎ、窓越しでもその強さに辟易するほどだ。窓から少し離れた場所で、絨毯に落ちる日差しの強さを眺めていたリゼ・ランフォードは、声をかけられて振り返った。
「ランフォード、お前の依頼通り、両国の悪魔教徒が関わっていそうな不審な事件を調べてきた」
 キーネスが机の上に投げ置いたのは、麻紐で括られた紙の束。彼が調査してきた事件の一覧だ。リゼは麻紐をほどき、紙を広げる。そこには依頼した内容がずらりと書かれていた。
「ルルイリエの魔物。アスクレピアのダチュラ。フロンダリアの神殿爆破。サーフェスの子供誘拐。メリエ・リドスの麻薬……」
 一覧の先頭に書かれていたのは、これまでリゼ達が遭遇したもの。更にその下には、様々な事件や事象が並んでいる。例えば、各地で起こっている局所的な異常気象。悪魔の活性化が自然環境に影響を与えているためと考えられている。アルヴィアでは数年前から街の内外問わず行方不明者が増加。ミガーでも音信不通の退治屋の数が増えている――とあるが、その項目については「原因・アスクレピアに退治屋を呼び込んだため」とあった。
「魔物関連では、ミガー東部では滅多に魔物が出ない場所に、魔物が大量発生する事件があったらしい。アルヴィアも同様だ。巡礼者の団体が突如現れた魔物の襲撃を受けている。護衛の騎士がいたが、まるで歯が立たなかったそうだ」
 悪魔教徒が関わっているかは定かではない。だが、今までの法則によらない魔物の出現があちこちで見られている。キーネスはそう締めくくった。
 報告書を読み進めると、そこにも悪魔教徒が関わっていると思われる事件が並んでいる。こちらの方が最近のもののようだ。リゼは上からざっと目を通していく。似たような魔物増加の記述を追いかけていたところで、下の方に記された記述が目に留まった。
「これって……」
 そこに書かれた内容を目にし、リゼは険しい表情で静止した。まさかこんなことがあったなんて。これもリリスの仕業なのだろうか。問題の項目を凝視していると、リゼの様子に気づいたアルベルトが何事かと視線で問うてくる。リゼは視線を用紙に落としたまま、最後の項目を読み上げた。
「――スミルナの貧民街が消滅した」
「なんだって!?」
 声を上げたのはアルベルトだ。彼は血相を変えて、リゼの手元を覗き込む。残念ながら、読み間違いでもなければ記載ミスでもないらしい。何度読み返しても、その事実は紙の上にあった。
「俺達がスミルナを出た数日後、黒い閃光と共に貧民街が消えたらしい。跡形もなく、誰一人として残っていない。あの悪魔襲撃騒ぎ、その上集落が一つ消えたとあって、スミルナやその周辺は大騒ぎだそうだ」
 と、キーネスが内容を補足した。
「まさかリリスの仕業か……! 悪魔召喚に失敗したからと貧民街を……!」
 手を強く握り締め、アルベルトは酷く悔しそうに呟く。彼は深く溜息をつくと、力なく肩を落とした。
「人が亡くなったのは悲しいことですけど、貴方も人が良いですわね。貴方とゼノは貧民街の方々に売られたのでしょう?」