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Savior 第一部 救世主と魔女Ⅴ

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 頑なな否定に、リゼは眉を顰めた。
「つまり、悪魔憑きを見捨てるのね」
「……そうだ」
 ベルテは淡々と、しかしどこか言い訳するように語る。
「ただでさえ魔物のせいで“安らぎの家”までたどり着けるかも分からない状況なんだ。遅かれ早かれ死んでしまう人間のために戦力を割くことはできない。それよりもここの安全を確保する方が先だ」
「ベルテ隊長!」
「お前は少し口を閉じてろ! 退治屋は慈善業じゃない。仕事だ。何でもできるわけじゃない」
 ベルテに叱責されて、ジャックは押し黙った。
「この避難所(シェルター)は閉鎖空間だ。魔物の襲撃で町民は皆怯えている。そんな場所に悪魔憑きを連れ込んだら、二次被害が起こりかねない。悪魔除けは万能ではないんだからな。ここで悪魔憑きが発生したら手に負えな――」
「なら問題ないわ」
 事もなげにそう言い放つと、ベルテは虚を突かれたのか目を丸くして沈黙した。ベルテだけではない。先程まで彼を睨みつけていたジャックも、今はあっけに取られてリゼに視線を向けている。やがて我に返ったのか、ベルテは大声を上げた。
「何を言う! 問題は大有り――」
「手遅れになる前に、“安らぎの家”の悪魔憑きを救出する。今のままじゃ助かる人間も助けられない」
 悪魔憑きがいる場所が分かっているなら、まずはその人達を助け出すまでだ。退治屋には無理だろう。だがリゼには出来る。彼らは見捨てるしかなくても、リゼはそうではない。
「悪魔憑きを助けるって、どうやって? 一体どうするつもりだ!?」
 ベルテが苛立ったように怒鳴る。そんなに大声を出さなくてもいいのに。リゼは目を細めると、腕を組んだ。
「どうするって?」
 まずやることは一つだ。
「“安らぎの家”に行く」



 退治屋達の案内で、リゼ達は避難所(シェルター)から繋がっている鐘楼の上に向かった。
 魔物襲来から数日が経過したザウンの道路はすでに徘徊する魔物で黒く染まっていた。ところどころで火災も起こっているらしく、いくつかの家屋が黒煙を上げている。火事の煙と悪魔の靄のせいで、ザウンは黒っぽく沈んで見えた。これではわざわざ高いところに上ったのに、見晴らしが良いとは言えない。しかし、
「あれが問題のオアシスだな」
 アルベルトは眼下の街並みからすぐに目的の場所を探しだしたらしい。彼が指し示す方向には南のオアシスがある。黒くけぶる景色を目を凝らして見つめながら、リゼは呟いた。
「酷いわね」
 オアシスの周辺は蠢く魔物の群れで一杯になっていた。そして砂漠から、あるいは空から、呼び寄せられた魔物が出現し、町をさらに混迷させていく。さっさと浄化したいが、今は我慢だ。オアシスから視線を外し、リゼは雲一つない空を見上げた。空はうっすら黒くけぶっていたが、太陽だけはギラギラと照りつけている。魔物とは別の厄介なものに対して、リゼはため息をついた。
「……暑い」
 暑い。全くザウンは砂漠にあるだけあって暑い。正直魔物よりも暑さの方が厄介だ。額の汗を拭うと、温い体液で手の甲がべったりと濡れた。
「大丈夫か? 水、いるか?」
 アルベルトに水筒を差し出され、リゼは少し迷ったが、素直に受け取って一口飲む。温くなっていたが、乾いた喉に水分が染み渡った。
「ほんっっっっっと暑いですわね……はあ……」
 ティリーも水を飲みながらザウンの暑さを愚痴る。手で扇いで風を送っているが、その程度では到底涼しくはならない。ティリーは水筒をしまうと、キーネスとアルベルトを恨めし気に見つめた。
「そもそも、なんで貴方がたはそんな涼しい顔をしているんです? 不公平ですわ」
「長く住んでいれば嫌でも慣れる。それだけだ。別に暑くないわけじゃない」
 そう言うキーネスの額はうっすら汗で濡れている。なるほど暑くないわけではないというのは本当らしい。キーネスは汗を拭うと、怪訝そうな視線をアルベルトに向けた。
「むしろスターレン、お前は何故そんなに平然としているんだ。アルヴィアの気候は寒冷だろう」
「え? いや、何故と言われても、それほど暑いとは感じないな。アルヴィアも南部は暖かいし」
 そう言うアルベルトはほとんど汗をかいていない。暑くないというのは本当らしい。――初めてミガーに来た時もそうだったが、寒いアルヴィア育ちなのに暑いのが平気だなんて釈然としない。ティリーも同様らしく、恨めしそうに「美男子は得ですわね……」などと呟いていた。
「呑気だな。君達……」
 そのやり取りを見て呆れたように呟いたのは、リゼ達と同じく鐘楼の上で待機していたジャックだ。彼はリゼが悪魔憑き救出に向かうと決めるや否や同行を申し出てきた。いらないと言っても聞かず、当然ベルテの説教も聞かず、今に至る。町を見回すのに最適なこの鐘楼に案内してくれたのは助かったが――
「ねえ、リゼ。どうするんですの? ジャックの目の前で悪魔祓いなんてしたら、騒ぎになるかもしれませんわよ」
「そうね。その前に適当に振り切るわ」
 ジャックの方に視線を送りつつ、耳打ちしてきたティリーに答える。ミガー人の前で悪魔憑きを浄化したら、悪魔祓い師だと疑われかねない。悪魔憑きは仕方ないとして、それ以外に見られることは避けよう。そう決めているので、ジャックに付いて来られるのは少々都合が悪い。出来ればついてきてほしくない。のだが。
「もし振り切れなかったら?」
「そうね。その時はその時よ」
 事も無げに言うと、ティリーは呆れたようにため息をついた。適当ですわね……と彼女は呟いたが、別に見られてもいいと思っているわけではない。悪魔憑きを治す方が重要なだけだ。悪魔憑きを前にしてうだうだと問答する気にはならない。
「適当といえば、ベルテのことですけど、ちょっと強引過ぎたんじゃありません? あんなに渋ってたのに、無理やり協力させるなんて」
「私達が来ようと来るまいと、作戦は実施する予定だったというんだから構わないでしょう。私達はそれに便乗しただけ」
「それはそうですけど、利用すると言われたら気を悪くするに決まってるじゃありませんの」
 確かにベルテは気を悪くしていた。だが仕方ないのだ。面倒だから悪魔祓いのことは話さず、魔物を掃討して“安らぎの家”周辺の安全を確保するとだけ告げたのだが、無謀すぎるしそんなことは協力できないと言われた。近く町北部の魔物討伐作戦を実施するため、いたずらに戦力を割くわけにはいかないらしい。なるほどできないというなら無理に協力させるつもりもない。でも、魔物の討伐作戦があるというなら好都合だ。そっちの作戦を利用させてもらう、という話をしたのだ。さすがに魔物が犇めくザウンを、なんの策もなしに突っ切るのは面倒だ。魔物の掃討作戦があるなら、魔物と交戦する手間を省ける。元から決まっている作戦なのだから、ベルテ達の手を煩わせることもない――。そういうつもりだったのだが、ベルテはお気に召さなかったらしい。
「言い方が悪いんですのよ言い方が。もっとうまい言い方ぐらいいくらでもありますわよ」
「そう。じゃあ次からあなたに任せるわ」