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Savior 第一部 救世主と魔女Ⅴ

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 スミルナで悪魔を浄化したあの時。足りないものを補うように、掴まれた腕から温もりと共に力が伝わってきた。あれの方がアルベルトらしい。温かくて力強い、心安らぐような、よく知っている――
 唐突に、あの力がなんだったのか思い至った。そうだ。よく知っているあの力。あれは、魔力だ。
 魔力は誰にでもあるものだ。アルヴィア人とて例外ではない。そして、クリストフ・セーガンがそうだったように、力を譲渡することは出来なくはない。だが、魔術師でも、魔術師の素養があるわけでもない。大して魔力があるように見えない悪魔祓い師の彼から、何故浄化を為し得るほどの力を得られたのだろう。
 しかし、じっくり考えている暇はなかった。もう思考もままならないほど眠りに飲まれている。問いに対する答えを聞く間もない。リゼは深い眠りの中へ落ちていった。



「リゼさん、どうしたんですか!?」
 洞窟の寝部屋に入ると、寝床で身を起こしていたシリルが驚いた様子で言った。
 まさかシリルが起きていると思わなかったアルベルトは、唐突な少女の一声に驚いて立ち止まった。時刻はすでに夜明け直前。目覚めていても不思議ではない時間だが、ここ数日臥せっていたシリルが起きているとは思わなかったのである。彼女以外――ティリー、ゼノ、レーナはというと、各々寝床で熟睡している。キーネスは見張りに出ているので寝床はからっぽだ。そんな中、シリルは今にも立ち上がって駆け寄りそうな勢いで身を乗り出し、不安げに潤んだ目でリゼを見つめた。そんな少女を安心させるように、アルベルトは柔らかく言う。
「眠っているだけだよ」
 安らぎの祈りを唱えると、リゼはすぐに眠りに落ちた。本来は悪魔憑きの心を宥めるためのもので必ずしも催眠作用を持つわけではないが、睡眠不足の彼女には睡眠薬に等しいものだったようだ。アルベルトが身じろぎ一つせず眠るリゼを寝床に横たえると、シリルは毛布をはねのけてリゼの枕元に近付く。そしてぴくりとも動かないリゼの寝顔を覗き込み、ほっと安堵のため息をついた。
「眠っているだけならよかったです。リゼさん、ここ数日ずっと寝てなかったみたいだから……」
「やっぱりそうだったのか」
 沈鬱な表情のシリルは、首を縦に振って首肯する。
「夜中、何度か寝苦しくて目を覚ましたことがあるんですけど、リゼさん、いつも起きてるんです。最初は寝ずの看病をしてくれていると思っていたんですけど、どうもそういう風じゃないし、横になっていても、目を開けたままだったりして――」
 ほとんど一睡もしないまま、この数日を過ごしたということか。その状態で魔物と遭遇して、アルベルトが駆けつけるのが遅れたらどうなっていたか考えたくもない。全く、心配ばかり掛けさせてくれる。
 リゼは子供扱いするなと言っていたけれど、眠っている彼女はやけに幼く見えた。寄る辺ない子供の様に、弱弱しく危うい雰囲気を纏っている。リゼは庇われることも心配されることも嫌がるけれど、そうせざるを得ないほど彼女は危なっかしく、脆い部分があるように思える。
 極めつけが先程のあの台詞だ。強がりばかりを言う彼女が、あんなにもストレートに恐怖心を訴えた。睡眠不足と疲労で調子が狂っていたせいだろうが、ひょっとするとスミルナでの体験も一因なのかもしれない。“地獄の門”に飲まれかけ、マリウスの死にざまを見、リリスに母親の幻影を仕掛けられて、精神になにも影響がないとは思えない。彼女の魂は眩い光を放っているが、そこに陰りがないわけではないのだ。
「リゼさん、大丈夫ですよね……?」
「このまま大人しく休んでくれたらな」
 今はともかく、目が覚めた後どうなるか分からない。少なくとも数日は安静にしておいて欲しいのだが、少し調子が戻ったら同じことを繰り返しそうだ。先程だって悲観的なことばかり言う彼女を見ていられなくて、どうにか安心させようと言葉を重ねたけれど、結局祈りの力で強制的に眠らせるしかなかったのだから。
「もしリゼさんが病気になったら、今度はわたしが看病します」
 不意にシリルが呟いた。
「わたしを悪魔から助けてくれた皆さんに、恩返しがしたいんです。役に立たないかもしれないけど、少しでも自分に出来ることをしたい……」
 決然と語るシリルは瞳に力強い光を宿している。何でもいいから出来ることをしよう。そうやって自分のやるべきことを決めた者の目だ。この少女はおっとりした外見とは裏腹に、とても思い切りがいい。シリルはリゼをじっと見つめた後、その真剣な眼差しを今度はアルベルトに向けた。
「アルベルト殿は大丈夫ですか? 怪我、されてるんでしょう? わたし、なんでもお手伝いしますから」
「――ありがとう。でも大丈夫だ。まだ熱が下がったばかりなんだから、無理しないで休んでいた方がいい」
「はい。無理はしません」
 また皆さんに迷惑をかけるわけにはいきませんから。シリルは健気に言って、拳を握る。迷惑だとか、そんなことは気にしないのだけど、役に立ちたいという気持ちは嬉しい。無理するなというと、素直に話を聞いてくれるのも。
 リゼもシリルの十分の一でいいから、素直に話を聞いてくれたらいいのに。そんなことを思いながら、洞窟の隅に放り出されていた毛布をリゼに掛ける。何を言っても聞かないし、無茶ばかりするし、寝不足で前後不覚にならなければ辛いとすら言ってくれない。そのことに呆れも怒りもするけれど、それ以上に悲しくなる。誰かが傷つくのは辛い。だから、彼女にも傷ついてほしくない。でもその思いは通じないのだ。
 ――私のことなんて何も知らないくせに、勝手なこと言うな! あなたに私の何が分かる! 私と違って、あなたは普通の人間なんだから!
 せめて、彼女と同じことができれば。何度も繰り返したフレーズを再び心中で唱える。あの力があれば、リゼにばかり無茶をさせないのに。悪魔と戦うだけではない。癒す力を。どんな悪魔も祓う力を。そう願うアルベルトの脳裏に、一つの光景が浮かぶ。
 眩い光。虹の色の閃光。消えていく悪魔達。何故か理解できた術の文言。
 スミルナを照らし出した浄化の力。
「君はどうしてあんなことが出来るんだ……?」
 眠りについたリゼに毛布を掛けながら、アルベルトはそう呟いた。本当に、リゼは一体何者なんだ? 魔術師ながら、悪魔祓い師よりも強大な浄化の力を持ち、地獄の門も街一つ覆う悪魔も全て消し去ってしまう。あまりに強力だ。こんなことが出来るのは、やはり――
「アルベルト殿。確認したいことがあるんです」
 不意に、シリルがぽつりと呟いた。少女はリゼを見つめ、じっと何かを考え込んでいる。やがて、シリルは真剣な眼差しでこう言った。
「リゼさんはやっぱり、本物の“救世主”なんですか?」