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Savior 第一部 救世主と魔女Ⅴ

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 黙りこくっていると、問答無用で手を掴まれ、引っ張られるまま歩き始めた。アルベルトの足取りに迷いはない。どこへ行けばいいのか、彼には容易に分かるのだろう。無言のまま歩き続けると、やがて白い霧だらけの草原は終わり、薄く煙った森の中へ入った。野営地に近づいてきたようだ。アルベルトは迷いのない足取りで、視界の悪い森を進んでいく。半ば引きずられるように歩きながら、リゼはちらりとアルベルトの後姿を見た。
「……アルベルト」
 意を決して、リゼは彼の名を呼んだ。
「魂の輝きってどんなものなの」
 私は一体どんな風に視えているの? いつか聞いた問いをもう一度繰り返す。彼はその眼でなんでも視ることができる。ならば、
(私のこともお見通しなのではないか?)
 私の正体に気付いているのではないか。今更、そんなことを考える。「悪魔祓い師でも悪魔でもない力を持っている。それが何なのかは分からない」。以前聞いた時はそう言っていたが、今も同じなのだろうか。気付いているけど言わないだけなのではないか。そんなことを考える。彼は気付いた上でここにいるのか、それとも気付かないでここにいるのか、どちらなのだろう。もし気付いているのなら、どうして教会に連れて行こうとしないのだろう。そう考えていると、不意にアルベルトは足を止めた。
「君の魂は眩しいほど輝いている」
 告げられたその言葉に、リゼは弾けるように顔を上げた。いつの間にかアルベルトは振り返って、穏やかな表情でこちらを見ている。
「魂の色……というのかな。それが人によって少しずつ違う。君は虹の色を帯びた白。まるで太陽のような、とても綺麗な光だ」
 虹色の? 太陽のような? 綺麗な光? 予想外の高評価にリゼは戸惑う。そんなはずはない。そんな良いものじゃない。そんなわけないのに。
「……それは浄化の力があるせいじゃないの」
 魂そのものではなくて。そう呟くと、彼は驚いたように言った。
「それがどうしたんだ? その力も君の一部じゃないか」
 そう言って、アルベルトは微笑んだ。子供を宥めるように、優しく。
「君の魂は綺麗だよ。とても美しい色をしている」
 綺麗。美しい。なんだかおかしな気分だ。居心地が悪いような、いたたまれないような、こそばゆいような。頬が熱くて、ふわふわして、くらくらするような。眩暈がする。心臓が脈打っている。立っていられなくなって、リゼは背後の樹にもたれると、力が抜けたようにその場に座り込んだ。
 頭が痛い。さっきから頭痛のせいで眩暈がする。吐き気もして、身体に力が入らない。もう限界だ。もう、立っていることさえ難しい。せめて野営地に着くまではと思っていたけれど、完全に力が抜けてしまった。
「やっぱりここ数日ロクに寝てないだろう」
 呆れたような声が上から降ってくる。平気だなのなんだの言ったくせにへたり込んで動けなくなるなんて、他人から見たらさぞ滑稽だろう。自分で自分を笑ってやりたくなったけれど、顔は上手く動かなかった。
「スミルナであれだけ力を使ったのにちゃんと休んでいないんだ。動けなくなるに決まってる」
「……少しは、寝てる」
「“少し”だろう。十分じゃない。馬鹿なことを言ってないで、ちゃんと休んでくれ」
 そう言う彼の瞳はどこまでも真摯だ。本当に、本気で心配してくれているのだろう。このお人好し。身勝手な自分が心の隅で恨みがましく呟いていたが、それが強がりでしかないのはよく分かっている。
「好きで寝てないんじゃないわ」
 背後の樹に身体を預けて、リゼはぽつりと呟く。じっと座り込んでいると自然と眠りへ引きずられていくのに、意識は半覚醒でとどまったままいつまでも眠りの領域へ落ちない。目を閉じても苦しいだけ。横になっていても結果は同じ。休まないのではない。眠らないのではない。
「……眠れないのよ」
 眠りたくなかった。ここ数日、眠ろうとすると必ず悪夢(アイツ)がやってくるのだ。あの日。両親を亡くしたあの瞬間。スミルナでマリウスの死体とリリスの幻影を見た故か。久しく見なかった悪夢が再来し続けている。少しずつ首を絞められているような息苦しさと共に。
「悪夢が怖いのか」
 違う、と言おうとしたけれど、唇は動かなかった。先日悪夢を見たと話してしまったから、今更虚勢を張っても仕方がない。何せこういうことに関しては全く信用されていないのだ。でも、悪夢が怖いなんて子供じみたこと、知られたくなかった。そのせいで眠れないなんて知られたくなかった。なのに、
「誰にだって怖いものはあるよ。恥に思う必要はない」
 優しく囁かれた声に、リゼは首を振る。違う。恥とかじゃなくて悔しいんだ。いつまでも弱い子供のまま、あれに怯えている自分が腹立たしいんだ。こんなていたらくで、アイツに勝てるはずがないのに。もっと強くならなければいけないのに。
「怖がってちゃいけないの。もう子供じゃないから。負けちゃいけない。私は悪魔を滅ぼす。滅ぼさなきゃいけない。悪夢なんかに負けてる場合じゃない。負けてる場合じゃ――」
 さっきから偏頭痛がますます酷くなっている。重い瞼を閉じると、地面がぐらぐらと揺れているような感覚を覚えた。瞼の裏に広がる、眠りとは違う底なしの闇の中へ落ちていきそうだ。吐き気に襲われながらも瞳をこじ開けようとしたが、身体はびくとも動かない。落ちていく。真っ暗な闇の中へ落ちていく。来る。アイツが来てしまう――
 怖い。
 純粋にそう思った。スミルナで“地獄の門”に落ちた時と同じ。足元から暗闇が手を伸ばしてきて、深淵に引きずりこもうとしているようだ。もがいてももがいても抜け出せそうにない。その感覚がとても恐ろしい。速くここから抜け出さなければ。痛む頭を押さえながら、リゼは重い瞼をこじ開けた。
 すると、目と鼻の先にアルベルトがいた。
 こんなに近づかれていたのに全く気付かなかった。驚きのあまり立ち上がろうとしたが、眩暈がして四肢に力が入らない。アルベルトは動けないリゼを優しい目で見つめて、ゆっくりと手を伸ばした。
「俺が相手じゃ嫌かもしれないが」
 伸ばされた彼の手が、リゼの頬に触れた。
「言いたいことがあるなら、我慢しないで言えばいい」
 言いたいこと――
 冷たい風が樹々の隙間を吹き抜ける。流されてきた水の粒子に打たれ、身体がさらに冷えていく。そんな中、頬に触れる手だけが温かかった。
「怖い。怖いのよ。もう嫌。もう見ないと思っていたのに。見たくないのに。嫌なの。怖い」
 極度の睡眠不足はリゼの思考力と判断力を完全に狂わせていた。少なくとも、平時であれば彼を前にこんなことは言わなかっただろう。しかし今は違う。もはや虚勢を張る余裕もなかった。腰かけた岩の上で小さく身体を丸めて、リゼは封じ込めようとした本音を垂れ流す。彼女自身も半ば意識しないまま。
「母さんが死んだの。父さんも。私を育ててくれた祖父と叔父も。悪魔が来る。アイツが来る。私はどうしたらいいの。誰も守れなかった。私のせいなのに、守られてばかりで、誰も――」