小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

真昼の月

INDEX|1ページ/1ページ|

 

 夢の終わりには少し早くて遠い。
 でも本当に遠いのかな。
 醒めたくない私が、自分だけがそう思っているのかもしれない。
 確かめるのが、怖い。


=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=


 彼と初めて会ったのは意外な場所。
 私が趣味のひとつとしている格闘ゲームの対戦をしに、とあるゲーセンによく通ってたんだけどね。
 ある日、連続で負け越した対戦相手の男が逆ギレして殴られそうになった。
「負けた腹いせ? いい加減にしてよ!」
「こっちが手加減してりゃ付け上がりやがって!!」
「じゅーぶん本気に見えたわよ」
 ほぼ売り言葉に買い言葉。
 男が拳を振り上げたその瞬間。
「やめときなよ、兄さん。ゲームで負けたからって力尽く? カッコ悪ぃ」
「ンだとてめぇ!!」
 腕を掴み、それを止めてくれたのが彼。
 ……というより、そのお店の店員さんだったんだけどね。
 なんというかまあ、その後の手際が鮮やかなんだわこれが。
「暴力に訴えるのもいいんだけどさ、兄さん確か未成年だよね。でも煙草吸ってるよね。それに何度も筐体に殴る蹴るやって何台か破損させてるよね。賠償問題ものだよ? 俺は店員として暴力事件は未然に防ぎたいけど、力に訴えるというならどうぞ? そうしたら俺も客だと思わず遠慮はしない。警察呼ばれて困るのはアンタの方だと思うけどね?」
 手際というか口車というか。
 つらつらと出てきた脅しにも似たその言葉に男はバツが悪そうに出て行くしかなかったのだ。
「……っ、覚えてやがれ!!」



「オリジナリティないね。さて、と……」
「あ、あの」
「アンタはちょっとこっち来て」
「えっ、あ、ちょっ」
 お礼を言わなきゃ、と顔を上げた時にはもう腕を掴まれていた。
 呆気に取られたまま連れて行かれたのは従業員用の控え室。
 店内よりも強い煙草の匂いにむせそうになった時、有無を言わさずパイプ椅子に座らされてしまった。
 その間も彼はずっと黙ったまま。
 怒ってる、んだろうな。
 結局は私も騒ぎの当事者だし。
 火に油注いだようなものだし。
 これから怒られて説教とか、ヘタすると出入り禁止とか!?
 うう、それはヤダなぁ……ここのお店のメンテ、しっかりしてて好きなのに。
 なんて一人で悶々と考えつつ落ち込んでた。
「アンタさぁ……」
「は、はいっ!?」
 だからか、呼びかけられてもヘンな声音しか出てこなかったわけで。
「ほれ」
 そんな私を余所に、目の前のテーブルにことんと置かれたのは缶コーヒー。
 飲めと言わんばかりに同じものを口にしつつ、彼は薄く笑っていた。
 ぜったいヘンな奴と思われたに違いない。
 私は俯きながらプルタブを起こして冷たいそれをひと口含む。
 口の中に広がった仄かな甘さがだんだんと緊張と赤面をほぐしていくのが自分でもわかる。
「……落ち着いた?」
 多分、それを見計らっていたんだろう。
 店内で立ち回りをしていた時とは違う、柔らかな声で私に問うた。
「あ、はい……ご迷惑おかけして、すみません」
「いいよ、アイツは金輪際うちの店の敷居跨がせないから。出禁だ出禁」
 出てきた禁断のキーワードに思わずぴくりと小さく身体が震えたのが自分でもわかった。
 たとえそれが、自分に向けられたものなのではなくても。
「アンタもさ……女だからって見られて腹立つのはわかるけど、あーゆー時は俺ら店員呼びな?」
「え、でも……」
「でももないよ。この店の客にゃ気の短い奴だっている。怪我してからじゃ遅いんだ。アンタらお客さんに気持ちよく遊んでもらうのが俺たち店員の仕事だし」
 ふぅ、と微かな溜息の後。
 彼は遠慮がちに私の頭に手を置いた。
「も少し、頼ってくれていいんだけど?」
 掌のぬくもりは、なによりも温かくて、私の胸にコーヒーよりも甘い傷を作った。
作品名:真昼の月 作家名:哉桜ゆえ