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世界は色を変えていく

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窓際に座る彼女は、いつも本を読んでいる。赤い革のブックカバーの中身に、一体どんな物語が広がっているのか、僕には分からない。そして、きっとそれは定期的に変わっているのだろうが、僕から見えるのは、ところどころ擦り切れた、長い間使われていると思われるブックカバーだけだ。その中が変わっているのか、いないのか、いつ変わっているのか、僕には分からない。
 その光景は、いつも変わらない。耳に入る周囲の音や声は常に変化するのに、彼女が窓際の席に座り、少し前かがみになりながら本を読む姿は、席替えをしてから2週間、変わることはなかった。
 もちろん、授業が始まれば彼女は本を閉じるし、昼休みには弁当を食べる姿だって見せる。けれど、本を読んでいる姿だけが、僕の中で【彼女】を示していた。





「今日の日直は……佐藤さんね。あとで、資料室に来てくれる? 運んで欲しい物があるの」
 その日の朝、ホームルームを終えた担任が、彼女に声をかける。彼女は、視線を遣って小さく頷くだけで、はいともいいえとも答えなかった。
 意識というのは不思議なものだ。彼女と同じクラスになったのは半年も前のことなのに、彼女を意識したのはこの2週間足らずで、それまでに彼女がどんなことをしていたのか、どんな声をしていたのか、僕の記憶には全く残っていなかった。
 それなのに、今では彼女の色々なことが知りたくてたまらない。どんな風に笑うか、どんな風に怒るのか、どんな声で話すのか、気になって仕方がなかった。それが、周りで騒いでいるところの恋というものなのか、単なる興味本意なのかは分からないが、学校に来るのが楽しみになったことに変わりはない。
 ホームルームが終わり、皆が授業の準備をしている中、佐藤さんはゆっくりとした動きで教室を出て行った。僕は何となく、ほんの出来心でその後ろをついていく。
 まるでストーカーだと自分に呆れる反面、宝探しをするような不思議な感覚を抱きながら足を進めた。
作品名:世界は色を変えていく 作家名:りどる