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荏田みつぎ
荏田みつぎ
novelistID. 48090
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ひき逃げ

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無銭飲食


『工場』 という名の、まあ 当世風に云えばダンスクラブ。

そこでは、専属のフルバンドが、壁際に設けられたステージの上で常にラテン・ミュージックをやっている。
そこで演奏する15~16人のプレイヤーに、バンマスが、次々と演奏曲目を告げる。
告げるといっても、
「次は、○○だぞ。」
と、声に出すのではなく、彼は、みんなが演奏している最中(さなか)、その前を、次に演奏する予定の譜面を掲げて、ステージの端から端へと、ゆっくり歩く。
プレイヤー達は、演奏しながら、その譜面のタイトルを読み、次に演奏する曲を知るといったもの。
一段高いステージの前に広いフロアが在り、客達は、飲んだり食べたりの合間で曲に合わせて身体を揺らす。
そして、広いフロアを挟んでステージと向かい合う様に、階段状に造られたテーブル席が在る。
その日、俺は、あるパーカッショニストの誘いで、『工場』のテーブル席に居た。
(今日、演奏すると言っていたが・・顔が見えないな・・)
そんな事を思いながら、俺は、ビールを飲む・・飲む・・・また、飲む。
サンミゲルというこの国のビールは、味の好い事で知られている。最近は、サンミゲル・ライトという新しいものも有るけれど、俺は、断然オリジナルが好きだ。
そのオリジナルをグイグイ飲む・・、が、何杯飲んでも、飲みながら待っても、俺を誘った彼は、ステージに現れる気配さえない。
この店で演奏するフルバンドは専属契約を結んでいるので、音楽に興味のある常連客は、各パートの顔や贔屓のプレイヤーの名前など知っている。が、演奏のマンネリ化を防ぐ為か、時にパーカッショニストをゲストで呼び寄せる。
俺を誘ったパーカッショニストは、そのゲストとして時々演奏するニッキという名の若者である。
いつまで待っても姿を現さないニッキ。俺は、少々心配になってきた。何故なら、ビールを飲むこと自体に金を払う必要はないが、飲んだビールの代金は支払わねばならない。ニッキの今日の出演料を当てにして来た俺は、その支払うべき金を持っていないのだから。
俺は、ついに痺れを切らし、楽屋裏へ入って行った。
その楽屋へ続く薄暗い廊下の壁に凭れてラム酒を飲んでいる何者かを見付けた俺は、
「ニッキは、居ないの?」
と、訊ねた。何者かは、
「ニッキ・・? ああ、バンドの太鼓の・・」
と、トロンとした目を向ける。
「ああ、そうだ。彼、今日、此処で演(や)る筈なんだけど・・」
「じゃあ、ステージに居るだろ・・」
「いや、ステージに居ない。だから、あんたに訊いている。」
「・・ウィッ・・そんな事、俺が知るかよ。それよりも、ちょっとだけ金をくれないか・・酒を買う金を・・ウィッ・・」
「もう好いだろ、それだけ出来上がってるんだから・・」
「な~にを言ってる・・ 俺は、酔ってなんかいないぞ。」
「ああ、そうかい・・ 邪魔したな。」
と、俺がそこを過ぎようと二、三歩足を進め始めると、
「・・ああ、ちょっと・・ニッキとか言ったな?」
と、何者かが俺の背中に声を掛ける。
「ああ・・言った。」
「そのぉ ニッキは・・ニッキとは、誰だ・・?」
「あんた、ふざけてるのか? さっき、彼は、此処で演奏する筈だけど と言っただろ?」
「・・そうだった かなぁ~・・ じゃあ、ステージに居るだろ・・」
「(ダメだ、これは・・) もう好いよ。じゃあな・・」
「なんだ、バカ野郎・・ 人にものを訊いといて、そのまま帰るのかよ・・ バアカ野郎~」
俺は、元々バカだという自覚はある。だが、正面切ってバカ呼ばわりされると、いくら分かっていても、ついムカッとする質でもあるから、
(このおっさん、2~3発小突いてやろうか・・)
と、折角、楽屋に向けてていた踵を戻して振り向けば、奴め、既に俺に小突かれた後の様な格好で床にくたばっている。
 楽屋のドアは、施錠されていた。中には誰も居ないのだろう、薄汚れて曇り切った小さなガラス窓の向こうに明かりも確認できない。
(仕方ない、今日は、このまま帰るとするか・・)
俺は、店の関係者専用の裏口から細い通りに出た。
この出入り口を使えば、いくらビールを飲んだとしても、その代金を支払う必要など無いのだから、便利と云えば便利だ。だが、次にこの方法を使うには、店の奴らが俺の人相を忘れるまでに相当の日数を要するから、姿を現さないニッキへ向けての腹立たしさが募る。
裏口の細い通りから、大通りに出ると、いきなり賑やかになる。
バスやトラックは、24時間走り通しだし、飲み屋の派手なネオン看板に誘われて来た若干の観光客や、常連の酔っ払いどもを呼び込む声・・声・・そして、何をするでもなく佇んでいる大勢の人々・・

(ニッキの野郎、俺に無銭飲食なんかさせやがって・・ 今度)
会ったら、まずその事をクドクドと言ってやらねば気が収まらない などと思いながら通りをふら付いていると、突然、
「サンバン! ニッキが、大怪我をした!」
と、俺を見付けた知り合いのチトが、大声で知らせた。
「何っ! そりゃ大変だ!」
と、俺は、駆け出す。
それを呼び止めるチト。
「・・・?」
「お前、ニッキの怪我の具合とか、入院している病院を知っているのか?」
「あっ、それを聞くのを忘れてた・・ 怪我は大きいのか? 病院と言ったな。その病院は何処だ?」
「かなりの怪我だ。病院は、△ホスピタル・・」
「おう、分かった。」
と、また駆け出す俺。
それを、また呼び止めるチト。
「今度は、何だよ?」
「車に乗れ。その方が早いぞ。」
と、彼は、自分の車を指差しながら言う。
ああ、そうだった・・ 大体にして俺は、この貧乏人の塊の様な国で、その貧乏人どもが、つい同情したくなるほど貧乏な日本人。つい、日頃の癖で、少々の距離なら徒歩か駆け足で行く様に身体が慣らされている。
「車があるのなら、それを早く言え。」

ボロ車だが、駆けるよりは、やや早く病院に着いた。

「ニッキ、どうした? 大丈夫か?」
「うん、何とか話は出来るよ。」

その日の夕方、彼は、『工場』に向かっていた。
いつもなら、もう少し『工場』に近い通りを横切るのだが、今日に限って、何を思ったのか、彼は、三つも先の交差点を渡った。
もう少しで、彼が横断を終えるというその時、一台の暴走車が彼に向かって突っ込んできた。そして、彼は、運悪くその車の犠牲になったのだ。

「ありがとう、心配してくれて・・」
「別に心配などしては居ない。ただ、ちょいと怒っては居るが・・」
「そうか・・、済まない、俺の演奏を楽しみにしてくれていたのに・・」
「それもあるが・・、お前が、来なかった所為で、俺は、食い逃げしなければならなかったんだぞ。」
「えっ? あの店に無一文で行ったのか?」
「当り前だ、俺を誰だと思ってる?」
「・・そうだな、・・すまん、怪我などして・・」
そんな、俺とニッキの会話を聞いて、
「どうなってるんだ、この男は・・? 何事も金に換えようと、鵜の目鷹の目で儲け話を探しているフィリピン人の上を行く日本人など、お前くらいのものだぞ。もっと友達の身体を心配しろよ。食い逃げしなければならなかったのは、お前が、一銭も持たずに店に行った所為で、ニッキの所為などではないだろう。」
作品名:ひき逃げ 作家名:荏田みつぎ