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幻燈館殺人事件 中篇

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「第一発見者は、昨夜遅くに倉庫から出てくる人物を見掛けた、と証言をし、翌朝になってから倉庫内を確認したと言っている。“倉庫から出てくるところ”を見たのであれば、倉庫に照明が灯されていることにも気付いたはずだ」
 蜂須賀は一旦その舌を休め、花明が運んできた茶に口をつける。
 そうしておもむろに口を開く。
「無人であるはずの倉庫から飛び出してくる男を目撃。男が飛び出してきた無人であるはずの倉庫には、なぜか照明が灯されていた。その状況で人が取り得る行動は、二つに一つ。一つ、関わりを避け、無関心・不干渉を貫く。二つ、正義感や好奇心に駆られ、倉庫の中を確かめる。だが、目撃者が行ったのはそのどちらでもなく、どちらでもあった。目撃者は、翌朝になってから倉庫の中を確かめに行っている。それは、暗く危険な夜を避け、明るくなった朝に確認する、という合理的な選択にも見える。……が、そこで疑問なのは、何を以て危険と判断したのか、だ」
 怜司は、ふむ、と相槌を打ち、眉間に皺を寄せて考え込む。
「目撃証言によれば」
 蜂須賀は、敢えてそこで言葉を切り、怜司の視線を待った。
「倉庫から飛び出してきた男は久瀬蓮司なのだが、久瀬蓮司は怪我もしていなければ返り血も浴びていない。つまり、久瀬蓮司の姿からはとりわけ危険を感じることはないわけだ。そして、赤の他人ならばいざ知らず、顔と名前を知っている男が飛び出してきた倉庫、しかも、使われていないはずの倉庫に照明が点(とも)されているとなれば、大抵の人間は好奇心が勝つ」
 蜂須賀は、言いたいことは言い終えた、とばかりに口の端を攣り上げた。
「目撃者が怪しいとお考えなのですね」
 花明は、蜂須賀の代わりに結論を述べた。
 一般人である花明と刑事である蜂須賀とでは、口にすることの重みが違う。花明が口にするのであれば、それは一般人の推論。蜂須賀が口にしてしまえば、それは捜査情報の漏洩となる。蜂須賀が長々と回りくどく話していたのは、自身の口から結論を出さないようにするためだ。
「ここに居る“九条怜司さん”の証言が正しいという前提があって、疑う余地がある、という程度だがな。何にせよ、明日一番に目撃者のところへ赴いて、倉庫の照明がどうなっていたのかを聞き出せばいい。十中八九、消えていた、と言うだろうが」
 蜂須賀は、ズズ、と音を立てて残った茶を啜る。
 それを見て、怜司も花明も同じように音を立てて茶を啜った。
 そうして、全員が茶のおかわりを注いで一息入れ終えた頃、花明が口を開いた。
「そもそも、桜子さんはどうして倉庫に行ったのでしょうか?」
「山本刑事の見立てでは、被害者は浮気相手との密会場所として倉庫を使っていて、浮気の現場を目撃した同居の男・久瀬蓮司が乱入・逆上し、被害者を刺して逃走。浮気相手については鋭意捜査中」
 気だるそうに話す蜂須賀からは、その見立てを真に受けていないことが伝わってくる。
「目撃者の素性を伺ってもいいでしょうか?」
「どうしてだ?」
「目撃証言から判断する限りでは、久瀬蓮司の顔と名前を知っていたのですよね?」
「目撃証言から判断する限りでは、そうだな」
「当然、桜子さんとも面識がある」
「ふむ」
 蜂須賀は肯定も否定もせず、相槌を打つに留めた。
 二人の脇では、怜司が息を呑んで聞きに徹している。
「目撃者があの場所に居合わせたのは、偶然でしょうか?」
「続けて」
「被害者である桜子さんは、現場となった倉庫を自由に使える立場にありません。必然として、怜司さんが見た男が、山本刑事の見立てにある浮気相手の男でも構いませんが、その男は倉庫を自由に使えたということになります。僕たちは今、行動に不審な点があった目撃者に疑いを向けています。その目撃者が倉庫を自由に使える立場にあるとすれば、疑いは更に深まります。そこで――」
「すまない。一つ言わせてくれ」
 怜司が手を伸ばし、花明の言葉を遮った。
 蜂須賀と花明が同時に怜司へと視線を向ける。
「あの倉庫は入り口の傍に鍵が隠してあって、関係者ならそのことを知っている。俺でも知っているぐらいだから、相応の人数になるだろう」
「そう……ですか」
「構わない。続けて」
 落胆する花明に、蜂須賀は話を続けるように促した。
「しかしですね」
「不特定多数の者が使用可能な状態であったとしても、それは特定の誰かが使用しなかった証拠にはならない」
 蜂須賀がそう断じると、反論の言葉を失った花明に代わり、怜司が口を開いた。
「余計なことを言ってしまったようだ」
 自嘲するような物言いではあったが、卑屈な響きは微塵も含まれていなかった。
「そんなことはないさ。重要な情報だ」
 蜂須賀の口から、まるで花明がこれから話す内容を知っているかのような調子で、最後まで聞かせてくれるか、という言葉が流れ出た。
「まず、怜司さん。鍵の話はとても重要な情報でした。おかげで絞られてきましたよ。僕は、目撃者が鍵の隠し場所を知っていたのかどうか、それを確認したいがために目撃者の素性を訊ねました。ですが、今の怜司さんのお話でその必要はなくなりました」
 花明は、持ち前の人当たりの良い笑顔を見せたあと、蜂須賀に向き直った。
 ――コホン。
 一つの咳払いが、静寂に支配された空間を切り裂いた。

作品名:幻燈館殺人事件 中篇 作家名:村崎右近