木枯らしの吹く夜
日曜日の夕食の時にテレビを観ないと約束したのは長男が小学校に入学したときであった。せめて夕食の時は家族で団欒がしたいと思った。長女も4歳になっていたが何も文句は言わなかった。その習慣は当たり前のようになり、夕食の支度が出来ると誰かしらがテレビを消した。
長男の翔は高校3年生になった。大学受験である。夫の雄一は進学の事に無神経であった。好きな大学に行けばよいと言うだけである。もちろん亜希子は翔の学力を知っている。模擬テストでの偏差値も分かっていたが、まだ国公立の試験はこれからであった。今日は夫も交えて翔の受験の話をしたかった。
「私立で満足しないで国立も受験してみたら」
「だめに決まってるよ」
「あなた何とか言ってくださいね」
「クリエーターになりたいと言ってるのだから、それでいいだろう」
「卒業してからの事が心配なのよ。もっと幅の広い学部がいいと思うのよ」
「僕は僕の好きな道を選びたいんだ」
翔は突然に箸を置きテレビを点けて、チャンネルを変えながら、アニメを観だした。
亜希子は
「こんな大事な話をしているときに」
と、立ち上がりテレビを消した。テレビの音が消えた瞬間から、家族の無言の時間が始まった。
亜希子は翔の将来を心配している自分の気持ちが分かってくれない腹立たしさを感じた。子供たちを立派に育てることは亜希子の責任だと思っていたからである。
雄一はふだんは夕食も子供たちとは一緒ではない。仕事でいつも帰りが遅い。子供たちの事を誰より知っているのは亜希子、自分自身だと分かっていたから、そのことが受け入れられないもどかしさもあった。それに、雄一のお金を持ってくると言ったその態度も、腹立たしさを覚えたのだ。
家族とは何なのかと思い始めた。
初めは2人の愛から始まったことなのかもしれない。お互いの小さな希望と夢を抱いて、結婚したはずであった。翔が誕生し、新しい夢も生まれたが、その喜びと同じ位の悩みも出来、雄一とのいさかいもあった。長女の幸代が生まれればそれだけ亜希子の負担は増した。でもその負担は母としての喜びに変わることも出来たのだ。亜希子は子供たちを立派に育てたいと思っていたのだ。
バスローブに身を包むと、木枯らしが電線の唸る音を出していた。外は寒いだろうが、湯上りの亜希子の体は暖かく、その温かさが亜希子の気持ちにゆとりを与えていた。
私が泣いていた時、せめて誰かに気付いて欲しかった。家を飛び出した時に誰かに後を追って欲しかった。そんな想いが亜希子の心には残っていたが、今は、身を包んでいるバスローブが家族全員の暖かさではないだろうかとも思えた