縮小薬
日本全体における高齢者の割合が80パーセントを超える、超超高齢社会である現代。
昨今の高齢者激増の波を受けて、2308年1月10日、A県N大学医学部教授、間瀬勝則氏(72)が開発した新薬が世間の波紋を呼んでいる。
同氏が開発したのは名付けて「縮小薬」というべきもので、幾多の動物実験を経て晴れて先日世間の目に公開となった。
この試薬を人間を含む動物に投与すると体がどんどん縮み始め、1時間後には摂取したものの体長及び身長はそのものの元の背丈の約19パーセント程度にまで減少するという。これが本当ならば160センチの人間は30センチになってしまうが、本当にそんなものが存在するのだろうか?
同氏は「これは、自身の母親が認知症になったのをきっかけに開発した。効果は折り紙付きであり、今後この試薬が製品化され世間に出回れば、何かと移乗などで酷使されがちな介護者の身体的負担、認知症者による家族への暴行被害、施設への待機入居者等は大幅に減少するものと思われる」
と、述べている。
また自身にこの薬を使用してもいいかという筆者からの質問に対して同氏は「もちろん。自分が介護が必要になった際にはいくらでも投与して頂いて全く差し支えない」と宣言した。
しかしこの発表を受けて、各団体からは猛抗議の声が上がっている。その内容は、
「人間の尊厳に対する冒涜だ」(日本人権協会)
「体を小さくすることで、最たるリハビリであり目的でもある階段の昇降や家事等が本人の手によって行うことが困難になる。それによってまた本人のADLの低下につながる」(NRO)
「ベッドが小型化することによって施設への収容人数の増大は図れるかもしれない。しかし、そこに勤務する介護従事者の労力とストレスも増大することになり、一概にいいとは言えない」(福祉法人ふれあい)
など、様々である。
また使用するに際して、要介護度等によって制限を設けるのか、設けるとしたらどこに基準を定めるか等、問題は山積している。
発表を受けた政府は、大半の世論に則り、「体を本人の意向なく縮小させることは、そのものの人間性を無視する行為であり、さらに言えば、当試薬が犯罪に悪用される危険性も無視できない」として、使用を禁止する方針だ。
しかし、噂を聞いた一般市民からは是非にという声も少なからず上がっており、介護ストレスの深刻さを伺わせる。
出来たばかりの試薬。これがこれからどのような方向に向かっていくのか先は見えないままである。
(山口紀之著)
「ひいおじいちゃん、何ニヤニヤしながら読んでるの?」
13歳になった少年が、リビングでコーヒーを飲みながらにやけている青年に対して問いかけた。
青年は艶やかな黒髪と、シミひとつない白い肌をもち、それが部屋の窓から差し込む光を受けて輝いていた。
「ん?いや、図書館でずっと昔の古い雑誌を借りてきたんだ。昔の人はこんなことに悩んでいたのかと、少しおかしくてね」
青年は読んでいた手を止め、黄ばんで文字がかすんだ雑誌を丁寧に閉じた。
「何に悩んでたの?」
少年は首を傾げながら尋ねた。
「老いることさ」
「老いって?」
「もうろくすることさ」
「もう…?」
青年はふっと笑うと少年を手招きし、近寄ってきた彼の頭を優しく撫でた。
「昔の話さ。今は2516年。2498年に若返りの薬が出来て、死ぬまでみんな若く健康でいられる。今の子供なんて、老いの意味さえ分からないんだからな」
「よく分からないな。それよりひいおじいちゃん。グラウンドでテッカーしようよ!」
「よし!いっちょやるか!今度はおじいちゃん負けないからな!」
そう言うと、今年104歳の青年は曾孫とともにグラウンドへと駆け出して行った。