じゃんけんのひっしょうほうをおしえてやるよ。
高校の屋上でこう呟き、僕は空に手を伸ばし、空を掴もうとした。
「あー!またここにいた!夏くん探したんだからね!」
「なんだよ、那子かよ。びっくりさせんなよな。」
彼女は本田那子(ほんだなこ)僕の幼馴染であり、いつも勝手に世話を焼いてくる。
ここは小さな町で、大きな駅もなく自然が豊かなところである。海には魚が水しぶきを上げながら跳ね、山には多くの木々が生い茂っている。そんな静かな町に最近妙な噂が流れている。
「ねえねえ、夏くん?またあの噂の廃墟に人が現れたらしいよ。」
「その話はもう聞き飽きたってば...みんな面白がってるだけだろ?」
「なになに?もしかして怖がってんのー?」と、那子はにやにやしながら僕をバカにしてくる。しかし、それもいつものことだ。だが毎回それは図星である。すぐに顔に出てしまう僕は顔を赤くしながら弁解するのがいつもの流れである。
そんな話をしているときだった。
「...やっと見つけた。2人とも探すの大変だったんだからね!」
彼女は隅田美樹(すみだみき)。彼女は2人の共通の幼馴染である。共通というのも、僕と那子は別々の幼稚園に通いながらも家が近く、ご近所つながりの幼馴染であり、美樹は年中の時に僕と同じ幼稚園に、年長になり美樹のいる幼稚園に転入した。小学生になってからは3人同じ学校に通い始め、中学は一旦全員がばらばらになったものの、お互いに連絡を取り合い、高校でまたみんなが同じ学校になった。
「美樹〜私たちが見つからなかったからって泣かないでよー」
「だって、だって...嫌われたのかと思ったんだもん〜」彼女はすぐに泣く。昔からすぐに泣く子で、目元にはぷっくりとしたかわいい涙袋ができている。
「さーて、そろそろ帰るわ。那子と美樹はどうする?」
「私たちまだ委員会でやらなきゃいけないことあるから、先帰ってて〜」
そう言い残し2人は委員会室へと向かった。僕は仕方なく1人で帰ることにした。学校から家までは歩いて15分程度のところにあり、非常に近い。
「ここが噂の廃墟か...」学校から家に帰るまでの道から1本外れた道を通ると噂の廃墟にたどり着くことが出来る。さっき那子が言っていた廃墟だが、僕も少し興味があった。日も少し暮れてきた午後5時過ぎ。どうせ嘘だろうと軽い気持ちで廃墟に踏み込んでいった。中は外とは違い薄暗く、埃っぽい。人が生活しているとは到底思われない。廃墟だから当然である。奥の部屋のドアの隙間から眩しい一本の線が入ってきているのが見えた。僕は恐る恐る近づいき、そのドアを開けた。そこには僕と同じぐらいの背丈の少年がいた。彼の背後から差す光が強すぎて顔がよく見えない。
その少年は僕に向かい、こう言い放った。
「じゃんけんのひっしょうほうをおしえてやるよ。まあ聞け。このひっしょうほうを聞いたからには、今後じゃんけんで負けることはないだろう。だが、負けてしまったらお前の命はない。」
彼は今のこの状況で理解し難いことを僕に言う。
「ちょっと待てよ!何のことだよ!たかがじゃんけんだろ!」
「たかがじゃんけん?ぬるい、ぬるいよお前。いいか、これから言うことは...であり...だ。いいな。」
意識が薄れていく。所々聞き取れない。何故だ。体から力が抜けていく。僕はその場に倒れこんだ。
「「...くん!...つくん!夏くん!」」はっと気がついたそこは僕の家のベッドの上であった。目をさますと心配そうに顔を覗き込む那子と美樹がいた。
「うっ...ぐ...よかった...」美樹がまた泣いている。僕はこの状況を飲み込めずにいた。「あれっ、僕は一体...」気を失う前のことを思い出そうとすると、とても激しい頭痛に襲われる。
「夏くん、家の前で倒れてたんだよ?倒れる前のとこ何も覚えてないの?」
...家の前?確かに僕はあの廃墟に行ったはず。僕は不思議に思った。そして、昨日あったことを思い出せる限り2人に話した。「夏くん、それ本当?びびりすぎて変な妄想入ってない?」那子がまた茶化す。
そして僕は今日、もう一度廃墟に行こうと決断した。
廃墟に入るにつれて、少しずつばらばらになった廃墟での記憶が呼び起こされる。ひどい頭痛に襲われる。頭がぼーっとしてくる。熱い、熱い。息を荒げながら僕はもう一度あの光の差すドアを開けた。すると、光の向こうの少年は「やあ。よく来たね、勝負の決断は出来たんだね。」とあざ笑うように軽く言う。「お前は一体何なんだ!あの日僕に何をした!」必死に力を振り絞りながら問う。「何もしてないさ、さあ勝負を始めようか。」勝負を始める僕は何も約束なんてしていないはずだろう。「ま、まて!何の話しだ!」僕の体がどんどん重くなり、意識が遠のいていくのが分かる。その時だった。「さあ、じゃんけんの始まりだ!俺の教えた必勝法を覚えているなら、お前はこの俺に勝てるはずだろ!!」じゃんけんに必勝法...?これこそ本当に意味がわからない。あの日彼に言われたことが思い出せない。だがもうそこにほぼ自我はない。気がつけば僕は片手を前に上げ、彼の合図と同時にじゃんけんを始めていた。「じゃーんけーんっ...」僕はこのタイミングだと言わんばかりにグーを出した。しかし彼はそのワンテンポ遅れたタイミングでパーを繰り出した。「なっ、この後に及んで後出しとはどういうことだ!」僕は問う。すると、「ぬるい、ぬるいよお前。」そういった彼は大声で笑っていた。僕はまたそこで倒れてしまった...。
それから彼の姿はこの廃墟では見られなくなった。しかし、今もこの廃墟の噂が無くなることはなかった。そして、この廃墟は「じゃんけんの館」と呼ばれるようになった。今日もまた来訪者がやってきた、僕は言う。「じゃんけんのひっしょうほうをおしえてやるよ。まあ聞け。それはな、後出しだ。なに?ずるいって?ぬるい、ぬるいよお前。」
作品名:じゃんけんのひっしょうほうをおしえてやるよ。 作家名:さんかく