チャンピオン
ゴングがなった。
今まで何回、この音を聴いただろう。
この音を聴くたびに、俺は悪魔になる。
相手の家庭や、人生をもむさぼり尽くす悪魔に。
そうやって、俺はここまで昇りつめた。
日本フェザー級タイトルマッチ。
ただ、今回だけは何か違っていた。
相手が”マサ”だ。
「まいったな…」
友達になんてなっとくんじゃなかった。
俺たちは居酒屋の飲み友達。
二人でよく夢を語って、朝まで呑んだもんだ。
それにマサは打たれ強いんだよなぁ。
前に変な酔っ払いにビール瓶で頭を殴られても、へーきな顔してた。
いくらなんでも、俺の拳はビール瓶ほど硬くないよ。
でも、これも運命。
マサ、死んでもらいます…
感覚の無くなった神経。
ホールに響く歓声だけが、なんとなく聞こえる。
いまは何ラウンドだろう。
目が覚めたら、俺は白い天井の下にいた。
ここはどこだ?
「気がついたかい?」
誰だ?
じいちゃん??
「ここはどこだ?」
「そんなこと気にするな」
「試合はどうなった!」
「お前が勝ったよ」
「俺が、勝った…」
「凄い試合だったよ。最初から壮絶な打ち合い。
二人ともセコンドの言うことなんて聞きやしない。
何度、レフリーが止めようとしたか。
でも最終ラウンド、お前が打ったクロスカウンターで勝負がついた」
クロスカウンター!?俺、そんなもん打ったことないぞ。
“明日のジョー”じゃあるまいし。
「10カウントが終わった時、立っていたのはお前だった。
お前は片腕を高々と揚げ、そのまま倒れちまったのさ」
「マサはどうした?」
「引退だな。お前に顎を砕かれた」
「…」
「まあ、ゆっくり休め。もう全て終わった。全て、な。」
「俺はチャンピオンになったのか?」
「ああ、永遠の、な」
「永遠…」
窓から見える空がやけに爽やかなのが、俺には気に入らなかった。