大漁のアンチ釣り堀
すでに先客がいるようで、
クーラーボックスの横に腰をかけて竿を垂らしている。
「アンチ釣れますか?」
「ぼちぼちですね」
先客は感じよく笑った。
ふと空きっぱなしのクーラーボックスを覗くと、
大量のアンチが入っていた。
ようし、負けるものかと男は竿を入れた。
「あなたもアンチを釣りに来たんですか?」
「いえ、違いますけど……まあそうでしょう」
先客は男の質問に煮え切らない答えを返した。
「あなたは?」と先客は質問を返してくる。
「俺もアンチを釣りに来たんですよ。
アンチがいれば自分の欠点を指摘してくれますからね。
たくさん意見してもらえれば、かならず力になりますから」
それから、軽い会話をして数時間。
男の竿はぴくりともしなかった。
「うーーん。どうしてだろう。
全然アンチが釣れないじゃないか」
男は先客に助けを求めた。
「あの、全然釣れないんですがコツありませんか?」
「コツ……そうですね、偉そうにしてみては?」
一旦竿を上げて作品(エサ)を偉そうなものに変更する。
再度釣り堀に投げ込むと、今度は一気に食いついた。
「おおおおお! すごい! すごいぃぃ!」
先客のアドバイスのおかげか、
アンチは見違えるほど大量に釣り上げることができた。
けれど、男の顔はまるで嬉しそうじゃない。
「どうしたんです?
たくさんアンチが釣れてよかったじゃないですか」
「ええ、それはそうなんですが……。
活きはいいものの、あまり栄養にならないんですよ。
どれも質の悪いアンチばかり釣れるので」
「そうですか……」
男は残念そうにエサを普通のものに切り替えてリトライ。
質の悪いアンチが大量に釣れるくらいなら、
普通のものに切り替えて味のともなうアンチを狙うほうが賢い。
男が黙って釣りを続けていると、
先客はふいに立ち上がってクーラーボックスのアンチを
男の垂らしたエサの周りに放った。
「ちょ、ちょっとなにもったいないことを!?
せっかくあなたが釣り上げたのに!」
「いいんですよ、これで」
先客がまいたアンチに連れられて、
どんどんほかのアンチが吸い寄せられてくる。
「アンチは群れで行動する習性があるんです。
アンチがたくさんいる場所だと安心して否定しにくるんですよ」
「それで撒き餌を」
男が納得するやいなや、竿が一気にしなる。
「キタキタキターー!!」
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しばらくすると、男のクーラーボックスは
釣り堀のアンチを釣りつくしたというほどの数が収まっていた。
「ありがとうございます。
あなたの親切のおかげでこんなに釣ることができました」
「いえいえ、気にしなくていいんですよ」
「これだけアンチがいれば、俺はきっと良くなります。
それじゃあこれで。
あなたはまだ釣っているんですか?」
「はい、私の釣りはここからですから」
「そうですか、頑張ってくださいね」
男は先客と別れて嬉しそうに帰っていった。
残された先客の竿の近くにはアンチが消えたことで、
だんだんとファンが寄り始めた。
「あの客はまったくバカだなぁ
否定するアンチの意見に合わせても
結局は否定されるうえに自分の持ち味も失われるのに」
先客が竿を上げると、ファンが釣れた。
「あいつがアンチを釣りまくったおかげで、
ファンが釣りやすくなったなぁ。
やっぱり自分を伸ばしてくれるファンの方が価値がある」
先客はほくほく顔で釣りを続けていると、
また別の客が釣り堀にやってきた。
「やあどうも。釣れていますか?」
「いえ全然。ところで、アンチを釣るコツを教えましょう」
「それはありがたい。
今日はアンチをたくさん釣って帰るぞ!」
先客はまた新しい客にもアンチのコツを丁寧に説明した。