最後に座る成長椅子
幸運の椅子なるものを購入した。
「これが幸運の椅子……いや違うだろ!」
思わず突っ込みたくなったのも無理はなく、
カタログで見た時とは似ても似つかない椅子だった。
俺が見たのはもっと高級感があったのに、
いざ届いてみれば骨組みむき出しの椅子だった。
座ってみると、お尻がごつごつするし
変な位置にひじ置きはあるしで座り心地も最悪だ。
返却すると負けを認めたみたいなので、
そのままろくに使うこともなく物置行きとなった。
「はぁ……あなたにふさわしい椅子だと聞いたのに……」
カタログの文言を真に受けた俺がバカだった。
それからしばらくして、物置を開けたときだった。
「あれ? こんな椅子あったっけ?」
物置には、革張りで見るからに高そうな椅子が入っていた。
こんな椅子を物置にしまうわけはない。
なにはともあれ、とりあえず座ってみると
ふかふかでとても座り心地がいい。
「うわぁ、こんな高い椅子があったんだなぁ。
俺はこんなのいったいどこにしまっていたんだろう」
骨組みむき出しの椅子はどこにも見つからなかった。
結局、幸運を運んでくれることもなかった。
廃棄する手間が省けたのが一番の幸運だろう。
「おめでとう、君を社長に任命するよ」
「ええ!?」
ボロ椅子紛失後、なんと社長に電撃就任してしまった。
殉職して二階級特進してもまるでかなわなかった地位なのに。
あてがわれた社長室の眺めは最高で、秘書も美人。
最高級の机に、一流のものを取りそろえられて文句のつけようがない。
「よいしょっと」
用意されていた社長室の椅子に腰かける。
このふかふか具合が自分の出世を一番痛感する。
「あれ!?」
思わず立ち上がった。
この座り心地には覚えがある。
そうだ。あの物置の椅子だ。
見てみると、あの椅子と社長室の椅子はまったく同じ。
俺の頭の中で点と点が一本の線でつながった。
「そうか、あの革張りの椅子が幸運の椅子なんだ。
きっと未来に座る椅子の形になってくれるんだ!」
時間差はあれど、幸運な未来を運んでくれた椅子には深く感謝した。
それからしばらくした、ある朝のことだった。
「めっちゃ安くなってるーー!!」
革張りでぴかぴかだった椅子は、
一気に安っぽそうなパイプ椅子へと姿を変えていた。
「……まずい! まずいぞこれは!
この椅子が未来の椅子だとするなら……。
今の俺の会社は必ずダメになるってことじゃないか!」
もちろん、必死に会社を立て直そうと手は打ったが
それがかえって裏目に出たようで会社の経営はどんどん悪くなる。
それに合わせるように、椅子もグレードダウンし続けていく。
「だ……ダメだ……。
あの社長椅子のときが俺の人生のピークだったんだ……」
人間には最盛期がある。
でも、もう伸びしろが残っていない俺には
身の丈に合う椅子になるまでグレードダウンし続けるしかない。
誰もいなくなった会社でうなだれていると、
ふと部下の机に載せてある紙に自然と目が行った。
『幸運になれる椅子! ~あなたにふさわしい最高の椅子を~』
これは、俺が椅子を買ったカタログじゃないか。
どうしてこんなところに。
カタログは家に置いてある。
ということは、部下個人のカタログだろう。
まったく。仕事場にこんなものを……。
「いや待てよ? 俺の椅子はグレードダウンするしかないが、
別の人間の椅子ならどうだろうか?
別の椅子ならまだまだ成長できるかもしれない!」
俺はすぐにカタログを持っていた部下のもとへと向かった。
「……ということなんだ! 譲ってほしい!」
「ええ!? 無理ですよ!
話を聞いてますます譲れなくなりました!」
いくら土下座しても、部下は椅子を譲ってはくれなかった。
「君にはまだまだ先があるから椅子も成長する。
でも、俺には先がないからグレードダウンするしかないんだよ」
「そんなこと知りませんよ!」
「だったら貸してくれるだけ! さきっちょだけでいいから!」
「とにかくダメです! 帰ってください!」
ついには椅子を取り合っての綱引きへと発展した。
すでに部下の椅子は俺の時の骨組みなどではなく、
そこそこにいい素材で作られている。
このままいけば必ずいい椅子になるはずなんだ。
「俺には先が……ないんだぁぁぁ!」
ぐい、と思い切り引っ張ると椅子を奪うことに成功した。
椅子を勝ち取った満足感もつかの間、
手からすっぽ抜けた反動で部下はバランスを崩し階段から落下した。
階段の踊り場で変わり果てた部下の姿を見て、
完全に死んでしまったことを確信した。
・
・
・
カンカン!!
裁判長が判決をつげる木槌をたたいた。
俺をはじめ、裁判に参加している人たちが静まり返る。
「判決を言い渡す。
被告は無意識であったとしても人を殺害している。
それはけして許されるものではなく、
なおかつ、強引に相手のものを奪おうとしていた」
裁判長はすうと息を吸い込んで、続けた。
「よって、被告を死刑とする」
その言葉に俺は目の前が真っ暗になった。
すぐに看守に連れられて、俺は死刑台へと向かった。
看守は最後のひとときを俺に気遣ったのか、
優しげな顔で俺に語りかける。
「かつては大企業の社長だったのに、
今じゃ死刑囚か……気の毒な人生だったな」
「あの椅子さえ……あの椅子さえ手に入れば……。
俺はきっと大逆転できたんだ……」
「まあ、最後くらいは気の毒にならないようすぐに終わらせるよ」
看守がドアを開けると、待っていたのは電気椅子。
ソレはところどころで塗装がはがれ、
むき出しの骨組みから年季を感じさせる。
俺は最後の椅子に腰を掛けた。
「……あっ」
この座り心地。このひじ置き。
俺は一度この椅子に座ったことがある。
そう、あれはたしか……。