浮遊監査
世界に蔓延る不穏の因子に気付ける者は少ない。また、知らず知らずの内に不穏を撒き散らす人間もいる。
彼――蔵王(ざおう)雪斗(ゆきと)も無自覚で不穏の種子を撒き、そして育てている人間のひとりである。生い立ちに不幸の陰りを負っている訳でもないが、彼は歪んでいる。瓶底から先を見据えた時のような、歪さに突き抜けた存在である。
かの者が世界への不平や不満を持ち合わせるようになったのはつい最近、昨日や今日に端を発したことではない。この世に生を与え授かった束の間、それに至ったのである。
初めて彼が呪った人間とは自らの母と父。思い違った逆恨みである。どうして自分をこの世に産み落としたのか、と。
雪斗が九つの頃に至るまでに彼が犯した大罪は三つ。内、二つは殺人。一つは殺人未遂。両親を手に掛け、次いで自身を手に掛けようとしたのだ。
しかし、悪意によって取り計らわれた所業は皆無。彼は歪みながらも自身の内に芽生えた正義感に従って三つの罪を犯したのだ。
世に害を与える自身を生み出した諸悪の根源を断ち、害悪である自身をも消そうとした。結果、彼は死に切れなかった。
生き延びたことにより彼の歪な思考は勘違いを生み出す――自分は神に選ばれた存在であるのだ、と。故に生き延び、故に罪人を滅する力を得ているのだ、と。
そんな彼に罪の意識を覚えさせるのは至難、難儀に過ぎること。
この世に神なる存在が居るのなら、彼等こそ大きな過ちを犯した罪人である。彼の立ち位置を誤ったところに置いてしまったのだから。