失くしもの預かりガチャは…
「……あれ?」
小銭入れにはガムが詰められていた。
いったい何が楽しくてこんな嫌がらせをするのか。
しかも運悪くお札を持ち合わせていなかった。
泣く泣く缶コーヒーをあきらめることになり、
立ち去ろうと振り返った時だった。
「なんだ……あれ」
昔懐かしいガチャガチャが1つだけ置いてあり、
その前に男がひとり倒れていた。
その足元には未開封のカプセルがおびただしいほど落ちていた。
見た瞬間に、男が死んでいることがわかった。
翌日、俺の通報で男の死体は片付けられ
その場に残ったのはガチャガチャだった。
何が出るのかも書いていない殺風景で簡素な作りで、
透明なケースの中に、真っ黒いカプセルが詰まっている。
カプセルの中に何が入っているのかはわからない。
「あの男は何が欲しかったんだろ」
つい、好奇心に負けて回してみた。
小銭を入れて回すと、真っ黒いカプセルが1個排出されてきた。
見るからに熱に弱そうな安いカプセル素材。
中には……。
「これ……小学生の時に失くしたゲームソフト!」
どこかに失くしたまま結局見つからなかったのに。
どうしてこんなところから。
もう一度ガチャを回してみる。
「失くした漫画の巻だ!」
「どこかに消えたキーホルダーだ!」
「懐かしい! 大事にしていた手紙!」
出てくるのは、俺がかつて失くしたものばかり。
「そうか、このガチャは俺がなくしたものを出してくれるんだ」
まだまだ回し足りなかったけれど、
手持ちの小銭がなくなったのっでその場を後にした。
翌日、小銭をじゃらじゃら用意してふたたびガチャの前へ。
きっと俺がまだ失ったものがあるはずだ。
失ったことすら覚えていないようなものだって。
小銭をガチャに入れようとしたときだった。
「が……ガムぅ!?」
コイン投入口には、ガムが詰められていた。
しかも、しっかり乾燥して固くなりはがせない。
「くそっ! ふざけやがって!」
ケースの中にはまだまだカプセルが残っている。
ということは、俺はまだ覚えていない失ったものがあるはずなのに。
こんなことでもう取り戻せないなんて……ふざけるな!
がしゃーーん!!
俺は近くに落ちていた石でケースをたたき割った。
「もともと、俺の失ったものなんだから
このガチャは俺専用なんだ。壊して困る人はいない!」
割れた部分からカプセルを1つ1つ取り出していく。
さて、次はどんなものが取り出せるかな。
「財布?」
出てきたのは、俺がかつてなくしたものなんかじゃなかった。
俺が今持っている財布が出てきた。
念のため、もう一度カプセルをケースから取り出してみる。
今度は携帯電話。
でも、別に昔に失くしたものじゃない。
「なんで今持っているものが出てくるんだ?」
比較しようと携帯を取り出そうとしたときだった。
うっかりポケットから滑り落ちた携帯電話は
運悪く空きっぱなしのマンホールの中へと吸い込まれた。
「あっ!!」
落ちた拍子にかがんだら、今度は上着から財布が滑り落ちた。
もう取り戻せないことがわかると同時に謎も解けた。
「このガチャ……未来に失くすものも取り戻せるんだ!」
でも、ここに来るまではマンホールなんて開いてなかった。
人もいないのにどうして。
もしかして、このガチャから取り出されると未来が決まり
その未来の中で"失うもの"を取り戻せるのかもしれない。
正規の方法で排出されれば過去の失くしたものだけど、
ズルして取り出すと未来の失くすものが出てきてしまう。
「や、辞めよう。こんなガチャ。
ここで取り出せば失う予定がないものまで失くしそうだ!」
怖くなってガチャを離れたとき。
足のつま先がガチャ台にひっかかり、ガチャを倒してしまった。
「しまった!」
派手な音とともにガチャは倒れて、
割れたガラスケースからは真っ黒いカプセルがあたりに散らばった。
今この瞬間、カプセルの中に入っている失くしものを
未来で必ず失うことが決まった。
「はっ、早くカプセルを開けて全部取り出さなくちゃ!」
慌てて拾おうとかがんだときだった。
急に胸が苦しくなって息ができなくなる。
人生の走馬灯よりも早く思い出されたのは、
最初にガチャの前で死んでいた男の姿。
あの時もこうしてカプセルが散らばっていた。
そう、あの男が失くしたものは……。
「い、命……」
散らばったカプセルの中から、
失くした俺の命が入っているのか探す前に意識を失った。
※ ※ ※
葬儀はしめやかに行われた。
「みなさん、最後のお別れの挨拶です。
故人の棺に並んで、それぞれ声をかけてください」
葬儀の参列者は安らかな顔をした故人に声をかけていく。
「あんなに急に死んじゃうなんて……ひどいよ」
「昨日はあんなに元気だったじゃないか」
「ガチャの前で死ぬなんて、かっこ悪いぞ」
一通り参列者が声をかけ終わると、
そのまま棺は火葬場へと運ばれていく。
「待ってください!」
故人の妻が手にいっぱいの黒いカプセルをもってきていた。
どれも未開封のまま。
「夫が死んでいる場所に散らばっていました。
きっとこのガチャが好きだったんだと思います。
どうかこのカプセルも棺に入れてください」
「かまいませんよ」
棺には故人の周りに落ちていたカプセルが詰められる。
そして、棺は火葬へと移された。
「あなた、どうか安らかな眠りを……」
火葬場の熱でカプセルはあっという間にすべて溶けた。
中からは、未来に失うものが出てくる。
そして……。
「あついぃぃいぃ!!」
命を取り戻した俺は棺で目が覚めた。
作品名:失くしもの預かりガチャは… 作家名:かなりえずき