ガラスの向こうの反転世界
「はぁ、向こうの世界の人間はいいよなぁ」
「言うな。うらやましくなるから」
「どいつもこいつも金持ちっぽいし、
毎日仕事もせずに好きなことして過ごしているんだぜ?」
友達の言う「向こう」とは、
ガラス越しに見える足元の世界。
ガラスの向こう側にいる人達は、
まるで見せつけるかのように金持ちライフを過ごしている。死ね。
「きっと、どこかで向こうに行く入口があって
金を大量に積めば向こうの世界に行けるんだろーなー」
「そんな入口あるのかよ」
「見たことはないけど」
「ないのかよ!」
向こうの世界とは対照的に、
こちらの世界はごくごく庶民的で平凡で退屈だ。
「なあ、このガラスって割れないのかな?」
俺のクレイジーな問いかけに、友達は笑った。
「お前、なんにも知らないんだな」
「なにを」
「このガラスは超合金強化型モラルガラスって言ってな。
叩いても削っても、なにをしても壊れないんだよ」
「……まあ、そうだけど」
ガラスの上を当たり前に4トントラックが通り、
いくつもの住宅街がそびえているんだから当然だ。
俺一人の力でガラスを割ることなんてできやしない。
できたとしても莫大な金がかかることは間違いない。
「……そんな金があれば、
俺も向こうの世界に行って幸せになってるよなぁ」
友達と別れた帰り、
ふと妙な店の前で足が自然と止まった。
『異世界 体 トレード店』
「体……トレード店?」
ショーウィンドウには人間の体がマネキンのように飾られている。
好奇心に負けて店のドアを押した。
「いらっしゃい。体トレードの客かい?」
「体トレードってなんですか?」
「ふふ、体トレードというのはね。
その名の通り、体を一時的に別の人と入れ替えるんだよ。
ほれ、これが入れ替え希望者のリストさ」
店主が見せたリストにはいくつもの名前が連なり、
自分の体を貸す代わりに、別の人の体を借りることができる。
いや、待てよ。
もしかして、このリストの中には
向こうの世界の人間がいるかもしれない。
向こうの世界の人間の体を借りれば、
ガラスを突破することなく向こうの世界に行ける。
向こうの世界にさえ行けば、
きっとガラスの突破方法がわかるかもしれない!
「あの! この中で一番金持ちの人ってわかりますか!?」
「金持ち? ああ、そういうことかぃ。
金持ちの生活を体験してみたいってことかい。
こいつだよ。大金 持男、こいつは金持ちだよ」
「この人の体と、俺の体をトレードします」
「毎度。しめて100万円になります」
「高っ!」
「金持ちの生活を体験できるんだから当然だろう」
まあ、これで向こうの世界の秘密が知られるのなら安いものだ。
俺は100万払って、体を1日だけトレードした。
※ ※ ※
作戦は大成功。
ガラスの向こう側に体を借りてくることができた。
高級車が走り回り、みんなブランド物を身に着けている。
かくいう俺も使っても使い切れない金を持っている。
「やった! ついに来たぞ!」
本当はこの世界を満喫したいところだが、
トレード時間もあるので急いで情報収集をすることに。
「あの! みんな元々ガラスの下世界にいたんですよね?
どうやってこの世界に来れたんですか!?」
「なんてこと思い出させるんだ……」
「ああ、元の世界に戻りたい……」
「なんで、あんなことしてしまったんだ……」
なんだなんだ? 全然幸せそうじゃないぞ?
この世界じゃ食べ物も圧倒的においしいし、
整形し放題で美男美女ばかり、何もかも優れているのに。
いくら情報収集を続けても、
誰一人、元の世界からどうやって来たのか教えてくれない。
深く聞けば聞くほど、誰もが後悔したような顔で逃げていく。
「元の世界でたくさん金を積めば、
どこか隠された入口から来れるんですか?」
「金? どれだけ金を持っているなんて関係ない。
それに元の世界にだって金持ちはいるだろう?」
たしかに。
この世界ほど多くはないが、
元の世界にも金持ちはいくらかいる。
「それじゃ入口を見つけられないとか!?」
「入口なんてどこにでもある……。
誰でも簡単にここには来れるが出ることはできない」
これ以上聞けば、また逃げられてしまう。
今でもかなり嫌なことを思い出したような顔をしているし。
「あの、この世界の人間はみんな不幸せそうだけど
どうしてこんないい生活しているのに不幸せなんですか」
「いい生活!? とんでもない!!
こっちの世界に来た人間はみんな後悔していますよ」
「どうして?」
「この世界にいる人間は誰一人信用できない。
寝ても起きても常に不安と恐怖ばかりの世界なんだ。
こんなことなら、ずっと元の世界にいたかった……」
金持ちだからこその悩みなのか。
こんないい生活をしておいて不安も恐怖もないだろうに。
結局、なにもつかめないままトレード時間が過ぎた。
※ ※ ※
「……ということだったんだ」
「お前、100万円も使っておいて
向こうの世界の愚痴を聞き倒しただけかよ」
友達の言うことももっともだった。
俺の財産の大部分を失ったのに、
なんだかわからないことを聞かされただけに終わった。
「ま、金を手に入れれば
行けるわけじゃないことはわかったんだ。
それだけでも儲けものさ」
友達はそう締めくくって行ってしまった。
金じゃないことがわかったことが、
かえって向こうの世界に行けるチャンスに思ったのだろう。
でも、俺は……。
「はぁ……金欲しい……」
生活も一気に圧迫されてしまい、明日の飯にすらありつけるか。
ため息交じりに横を見ると、大きなカバンがあった。
「なんだ? 忘れ物か?」
なにか持ち主がわかるものがないかと開けてみると、
中には札束がぎっしり入っていた。
100万なんてはした金に思えるほどに。
慌てて周りをくまなく見回すが、運よく誰も見ていない。
「俺だって……いい思いしていいじゃないか」
俺はカバンを手に取った。
どろん。
その瞬間、俺の足元のガラスが溶けた。
気が付くと見覚えのある世界が広がっている。
「ここは……ガラスの向こうの世界!」
でも、最初に来た時ほどの嬉しさはなかった。
そこに、男がやってきた。
「ああ、お前もこの世界に来たんだな。
ということは、モラルガラスを通過してきたんだ」
男は足元のガラスを指さした。
「きゅ、急に足元のガラスが溶けてこっちの世界に来たんです!」
「だろうな。
モラルガラスは人の悪事にのみ反応して溶けるガラス。
ようこそ、悪人だらけの世界へ」
男はにいと笑って立ち去った。
残された俺はいつ金を奪われるか不安にかられつづけ、
365日休まず信用できない悪人たちと生活を共にし続けることに。
「なんで、あんなことしてしまったんだ……」
もう、善人だけの世界に戻ることはできない。
作品名:ガラスの向こうの反転世界 作家名:かなりえずき