ダブル顔面世界
観賞用の顔に完璧な髪型をセットする。
本音用の頭は治りそうもない寝癖が付いたまま。
これだけ観賞用の頭をキメれば大丈夫だろう。
合コン会場につくと、
仕上げきった俺の観賞用頭が一気にしゃべりだした。
「君は素敵だね」
「君の瞳を見ていると吸い込まれそうだ」
「呼吸するたびに愛おしささが増していくよ」
歯の浮くようなセリフをぽんぽん出していく。
さすが観賞用の頭。
人から気に入られるために調整したかいがある。
「私、あなたのこと気に入ったわ!
どうかしら、今度一緒に食事でもいかない?」
「ああ、もちろんだよ。
君との食事ならこの世のどんな食べ物よりおいしいだろうね」
あっという間に関係を進展させられた。
この展開のためだけに高い金払って観賞用の顔を整形したのだ。
後日、女と一緒にレストランへやってきた。
「さあ、食べましょう」
広げられた料理に何気なく手を伸ばした。
女はその様子をただじっと見ている。
俺は料理を本音用の顔に運んだ。
観賞用の顔はあくまでも観賞用なので、食事は取れない。
「どうしたんだい? 君も食べなよ?」
「いいえ、その前にあなたの本音が聞きたいわ」
女は、俺のもう一つの顔……本音用の顔をにらんで告げた。
本音用の顔はすぐに答えた。
「いいから、早くベッドに行きたい!!」
俺の本音を聞くなり、女はすぐに立ち去った。
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「……ということがあったので、整形したいんです」
「まあ、女性はいくつも顔を持っているっていうし
逆に言えば本音を見極めることも上手だしねぇ……」
整形師は俺の話を聞いて、難しそうな顔をしていた。
「俺の本音用の顔も、観賞用の顔にしてほしいんです。
そうすれば、本音を言って逃げられることもないでしょう」
「君ね、そんなことしたら二度と本音を言えなくなるよ?
人間、本音を言えないストレスというのは……」
「うるせぇ! いいから早く整形しろ!
こっちはもう整形するためにきてるんだ!」
本音用の顔が勝手にしゃべってしまった。
俺の怒鳴り声に、整形師はびくんと肩を跳ね上げた。
「……わかりました、わかりましたよ。
ただね、本音用の顔を観賞用に作り替えた場合に問題があります」
「問題?」
「体のどこかから、新しい顔ができるかもしれないです。
本音をどこかで発散しようと、体から3つ目の顔が」
「そしたら、また整形して観賞用に作り替えるだけだ」
「あなた、結構デンジャラスな発想持ってますね」
結局、この世界に本音なんて求められていない。
お互いに当たりさわりのない言葉を言い合っている方が、
人間関係も良好になることを俺は知っている。
本音用の顔なんて必要ない。
「それじゃ、手術します」
その日、俺の本音用の顔は観賞用へと作り替えられた。
整形後、町に出るとすぐにいい女が目に入った。
小顔のわりに、胸も尻も大きくて腰はくびれたボディ。
胸と尻は、その顔ほどの大きさがある。えろい。
「ねぇ君、今日は暇かい?」
考えるよりも早く、観賞用の顔が話しかけた。
「ナンパね? もう飽きたわ。
あなたの本音をさっさと聞かせて」
女はバッグから食べ物を取り出した。
食事ができるのは本音用の顔だけ。
普通なら本音用の顔がバレてしまうのだろうが……。
俺は観賞用に作り替えた顔で、食べ物を飲み込んだ。
「ふぅん、そっちが本音用の顔なのね。
それじゃあ、聞かせて。あなたの本音を」
「ふっ。君と一緒に素敵な時間をただ過ごしたいだけさ☆」
俺の2つ目の顔からは、やっぱりかっこいい言葉が出た。
観賞用に作り替えているから本音が露見することもない。
「まあ! あなたは本音もイケメンなのね!」
「当然さ。君のような素敵な人と話せるだけで、
俺はこれまで生きてきたことに感謝したいくらいさ」
作り替えた顔からは、するすると嘘っぱちの言葉が出る。
けれど、俺が口説くたびに女の反応は良くなっていく。
本音は「いいから早くベッドに行きたい」だが。
本音用の顔がなくなった今、失言することはない。
「どうだろう? 今日1日、俺とデートしないかい?」
「喜んで!」
あれよあれよと、ナイスバディ女といいムードまで持って行った。
やっぱり、本音用の顔を作り変えてよかった。
その夜、俺たちはごくごく自然な流れでホテルに入った。
ついに観賞用の顔だけで、俺の本音にたどり着くことができた。
「こんな素敵な日の夜を、君と一緒に過ごせるなんて最高だ」
「嬉しいわ、私もあなたが好きよ」
すっかり俺たちの間柄は恋人以上のものになりかけている。
本音は「いいから早く(略)」だが。
「優しく……してね///」
「もちろんだよ」
猛り狂う本音を隠して、観賞用の顔からは紳士な言葉ばかりが出る。
俺はそっと彼女を優しく脱がせた。
そこには、手に収まりきらない胸と尻が……。
「えっ」
なかった。
あったのは胸に2つの顔。
尻に2つの顔ができていた。
「私もあなたが好きよ!早く抱いて!」
「ふん、あんたみたいな男大嫌い」
「あーー別の人と浮気したいわぁ」
「あなただけが私の頼りなの」
いくつもの顔が同時にしゃべりだした。
「どうしたの? 私はあなたが好きなのよ?」
女の顔が語りかける。
それをいくつもの顔が否定したり肯定したり……。
「あ、あ……いったいどれが……本音の顔なんだ……」
合計6つの顔は同時に答えた。
「「「 私が本音の顔よ!! 」」」
怖くて、食べ物で本音の顔を確かめることはできなかった。