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吉葉ひろし
吉葉ひろし
novelistID. 32011
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手紙

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手紙
 由美子からの手紙は時候の挨拶の後に、ジャガイモを送るからといった内容であった。私が登別温泉で、彼女と逢ってから、5年も経ったのに、毎年送って来た。私は律義な事だと感じた。
 札幌に仕事で出かけたついでにと、足を延ばして登別に行ったのである。私はレンタカーを借りての1人旅であった。白老で熊牧場を観ようと立ち寄った。アイヌの人との記念写真を撮った後、そのシャタ―を押した女性は
「近藤さんでしょう?」
と私に言った。
「いえ、大久保ですが」
「同級生ですよね」
よほど似ていたのか、また訪ねて来た。
「私は関東の者ですから・・・」
「そうですか」
 彼女はまだ納得しない様子だった。私は送り先の住所を書くと、彼女は納得したらしい。
 登別で1泊しての帰り道、車の脇で、両手を振っている女性がいた。私に何か合図をしたのかと思い、私は車を停めた。
「すいません。あっ」
私も昨日逢った彼女と気付いた。
「何でしょうか?」
「車のエンジンがかからなくなって、分かりますか?」
私は彼女から鍵を借りて、セルを回してみたが、クス、クスと音がしただけであった。
 レンタカーのトランクを開けると、ブースターケーブルがあった。私は車を彼女の車の前につけ、バッテリーをケーブルで繋いだ。
「私が窓から手を振ったら、エンジン掛けてください」
「はい」
私は車に戻ると、アクセルを踏み込んだ。ブブブとエンジンの音が響いた。私は手を振った。
彼女は嬉しそうに両手で丸を作った。その笑顔は子供のように見えた。
「どこまで行くのですか?」
「家に帰るところです」
「そうですか、途中でエンストしなければよいのですが、途中まで行きますよ」
「すみません」
 私は10分ほど彼女の後を走った。これで1回くらいのエンストなら、エンジンはかかると思い、パッシングで彼女に停まるように合図した。
「一度ガソリンスタンドで見てもらった方がいいですよ」
「すみませんでした」
 彼女は千円札を私の手に渡そうとした。私は受け取らずに車に乗った。


 写真と一緒にジャガイモが送られてきた。それから毎年ジャガイモが送られてきた。
そのたびに思うのであるが、毛筆で書かれた文字の美しさは、意味を伝えるだけの文字ではないことを知らされた。
『私は独身です』

『その節は大変お世話になりました』

今年も同じような文面であったが、
最後に
『お逢いできたらと思います』
とも書かれていた。札幌の雪まつりの季節であった。
 美しい文字は私の心を苦しませた。私は無視するより他の事は出来なかった。
翌年からは彼女からの手紙もジャガイモも届かなかった。私には彼女の気持ちが伝わっていたから、彼女からの手紙を燃やす事は出来なかった。断ち切れなかった。
 毛筆の文字を見たり、ジャガイモを食べると、彼女の事を思い出してしまう。すでに27年も前の事なのに・・・私は心の中で彼女を想う時、彼女の名を呼ぶことにした。












作品名:手紙 作家名:吉葉ひろし