忘れちまった悲しみに
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哲学批評長官の七奈菜名前は妹との結婚を間近に控えているにも関わらず、部下の笹焼口外が決闘警報を持ち出してきたことに悩まされていた。
「今月で何度目だ?」
「週単位で計算した方がよろしいかと。敵は魔法少女解放戦線です」
名前はため息を吐くと概念武装のカード端末を点検し理論的データベースのバックアップクラウドを確認し現場に急行した。
「私たちのユートピアは無敵よ!」
リーダーと思わしき一人の少女が決め台詞を宣言することで制度的言説の秩序を侵犯し始めた。名前は即座に第一声から情報を認識し速やかに批判的テキストをデータベースから構成する。
「それはどうかな?そんなものがなくても、将来いい出会いがあるかもしれないぜ」
現場に到着するとすでに部下の何人かに被害が出ており典型的な物語信仰にはまっていた。
笹焼はすぐに応急処置として家族の写真などを見せて部下の思考力を回復させた。
「嘘よ。そんなものは嘘。私たちは騙されないわ」
「よかろう。ならば決闘だ。可視化フィールド展開!」
たちまち辺りに数字と言語の入り交じった空間が二人を包み込む。ここからはお互いの意識正当性を賭けた闘いだ。
「魔法少女は世界を救う。傷ついた気持ちや弱い心だって集まれば力になるのよ」
「認めよう。では君たちはどのようにして世界を救うのか。まさか強者を迫害することによってではないだろうね」
「詭弁よ。強者は一人でも勝手にやっていけるじゃない」
「それは過大評価というものだ。それに人間を強弱だけで判断するのは間違っているのではないか」
「あなたが言い出したんじゃない。魔法少女は万人に受け入れられるものではないわ」
「ではやはりある種の支配権を求めているということか。世界を救うが片腹痛いな」
「くっ、わかってていっているくせに」
「それがどうした?何もいうことがないならこちらの勝ちだな」
「今日のところはここまでよ」
一瞬にして現実世界に戻るとリーダーと思わしき少女は魔法少女解放戦線のメンバーを率いて撤退していった。
「こんな戯れ言がいつまでもつのやら」
「それでも勝利は勝利ですよ、長官」
体勢を立て直した部下達と共に笹焼が声をかけてくれる。
「相手の意見を少しも聞こうとしない態度、立派です!」
少し正直すぎると思うがまあよかろう。
「撤収するぞ。いい加減休みたい」
「はい」
今回の仕事は終わったが、敵はまたいつ来るとも知れないのだ。こんな苦労の多い職に就きたくはなかった。
名前はしみじみとその事を感じたのだった。
作品名:忘れちまった悲しみに 作家名:karan