花
一輪の花が咲いていた。その花は、まだ何もわからない処女のように清く、しかし何もかも見通したかのように棘を纏った不思議な花だった。嫌うものなど誰一人としていない。唯一絶対の存在でありながら、あらゆる光に目をとらわれることなく、独りその身を少しまた少しとしなやかにしかし力強く成長させることを、至上の歓びとしていた。
荒野を足を引き歩くあなたはその花を見て、一目でその美しさの虜になってしまった。はじめはその美しさに、そして次第にその内側に、際限無く引き込まれた。しかしその手で触れようとすれば、たちまち花の棘はあなたの掌に醜い傷跡を残すだろう。その傷はあなたに耐えがたい痛みを与えるばかりか、さらには傷跡を残し、その痛みを忘れることすら叶わない。
天は花に恵みの雨を与え、地はその身から少しずつ力を分け与え花を支えた。しかしあなたは、花に何も与えることはできなかった。それでもあなたは目を背け耳を塞ぎ全てを忘れることはできなかった。それはつまり花は何も得ていないことを、あなたは知るところであったからだ。
やがてあなたは、全てを知りそして理解することを決意する。そのために払う犠牲はあなたに苦痛を与えるだろうが、そのことはもはやあなたにとってはどうでもいいことだろう。あの花に触れなければならない、あの花の棘で自らの掌に傷をつけ血を流さなければならない、あの花の廉潔極まる孤高の美しさにあなたは一筋の血液を持って汚さなくてはならない。手を、伸ばさなくてはならない。
その花に触れることは遂に叶わなかった。あなたは触れようとし、花は枯れてしまった。
美しき気高きその花はあなたを傷つけることを恐れるあまり、身に纏う鋭い棘を先端の小さな一つに至るまで無力な枯れ草同然に変えるその一心で、自らその美しさを棄て枯れ落ちてしまった。
荒野を歩くあなたの心にはいまも、美しい一輪の花の咲く姿が映っている。