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吉葉ひろし
吉葉ひろし
novelistID. 32011
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土間

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旅先で立ち寄った、小さな画廊で、遠野の曲がり屋の絵があった。画が気にいったというよりも、君子は懐かしさを感じた。祖母の家に夏休みに行った時、入口の引き戸を開けると、真直ぐに伸びた道があった。運動靴で敷居をまたいだ足を乗せると、ひんやりとした感じの気分になった。その道は硬くて、小さなでこぼこがあった。それが運動靴から歩くたびに、感じた。歩き疲れた足を揉んでくれているようでもあった。君子はその道を走りながら往復した。上り口に座っていた猫が、座敷の方に逃げて行った。
「静かにしなさい」
母親に叱られた。
 夕方になると、煙の臭いがした。臭いの方に行ってみると、工場の煙突のように、かまどから煙が出ていた。そこには大きな釜が乗っていた。
「ご飯炊いてるの」
「美味しいからね」
 君子の家では電気釜でご飯は炊いたから、とても興味があった。
「この棒を私も入れたい」
「薪って言うんだよ。火加減が難しいから、君子には無理だよ」
「やりたい」
「始めちょろちょろ、なかパッパ、赤子泣いても蓋取るな。と言ってね、火加減でご飯の炊き具合が違ってしまうんだよ」
「観ててもいい」
 君子はかまどの前にしゃがみこんだ。叔母は火吹きだけを口に当て、ほっぺたを膨らませ風をかまどに送った。煙が君子の方に流れてきた。眼から涙が出た。咳も出た。
「部屋に行っていな」
「大丈夫」
君子は咳き込みながらも、炎を観ていた。
揺れ動く、炎が、その暑さで、君子の顔じゅうに汗が満ちた。
「顔洗っておいで」
君子は煙が眼に沁みたのと汗が眼に入ったので、涙がいっぱいだった。

 君子がこの場所で涙を流したのは、11年後であった。21歳の時に祖母は亡くなった。土間は無くなり、藁ぶき屋根もトタン屋根に変わっていた。寒い日であった。引き戸を開け、敷居をまたぐと、ハイヒールに硬い感触と、冷たい音が君子に伝わった。葬儀にも通夜にも君子は来られなかった。
 仏壇から立ち上る線香の煙が、君子に想いださせてくれたものがあった。煙が眼に沁みたわけではない。涙がほほを伝わった。化粧の崩れを気にしながらも、その涙は止めることが出来なかった。
 画を観ながら、君子は祖母を思い出していた。土の香りがした祖母であった。
作品名:土間 作家名:吉葉ひろし