冗談
ああこうして言い直すたびに自分というなにかが削り取られていくのだ。
冗談じゃない、冗談じゃない、冗談……じゃねえ。
万雷の拍手という不協和音。忌々しい口笛。花婿は花嫁に口づけた。
トモダチだからと招待状の来た披露宴に、自分がなぜか出席している。
宴は終盤に差し掛かり、あああの招待状を破いたのは自分で、そうしたら間抜けなことに花嫁から電話があった、オヘンジコナイカラドウシタノカナッテ、そこで断れるほど度胸はなかった。欠席にまるして出せばよかったのに。馬鹿がこの席に座っています、ご家族の皆様!
怖気の走る出し物に予定調和の失笑。ちくしょうちくしょうちくしょう。失礼、言葉が汚かった。ああ自分が削られていく。
新郎とは大学時代に嫌いな教授の悪口を肴に、新婦とは新郎の悪口を言い合って飲み明かした。三人一緒の時は、自分の自虐を二人が笑って飲んでいた。誰も気づきゃしなかった。
新郎は白いタキシードに銀のタイ、新婦のドレスは薄い銀の刺繍の入ったマーメイドドレスで、一緒に選んだのだから当然似合っている。ブーケは白基調にグリーン寄りの花を。30オーバーしたらそのほうがシックでいいよといったのは自分だのによく似合って腹立たしかった。
どちらかの親族の高砂やとかなんとかが始まりそうになったので煙草を吸いに席を立った。丸いテーブルにはピンクと黄色の淡い花がそれぞれに活けてある。完璧な披露宴だ。冗談じゃねえ。
普段吸わない煙草は来る途中のコンビニで適当に買った。
なかなか火が付かないので一本をそのまま、灰皿に捨てる。後ろから声がかかって手にしていた箱から煙草が一本抜き取られていく。新郎新婦と同じようなトモダチの八下田猛人だった。濃いグレーの礼服が似合っている。
「吸いながらつけんの」
「は?」
「煙草。すーっと空気吸いながら火を近づければつくよ。」
やって見せて彼は目線を落とした。
試したら確かに火がついて、ただし煙が肺を直撃して盛大にむせ返る。
「ちきしょう」
「口が悪いぜ一応、」
「言ったら殴る。」
「いや」
「今日は殴る。」
「わかった」
煙草を吹かす彼は一度もわたしの目を見なかった。女々しいという言葉は嫌いだが、彼の今日の態度を示すにはその言葉しかなかった。ふたりとも削り取られているのだろう。
「泣くなよ。」
「……トモダチの式で感動したんだよそれで通ったからいいじゃん。」
彼もわたしも今日結婚するトモダチに恋をした。
「……そのワンピース? よく似合ってんよ。」
「あの子が一緒に選んでくれた。」
「そら似合うわ。」
このワンピースは今日が終わったら本気で焼くのだとうそぶいた。
喫煙所からは披露宴を行うホールがよく見えた。家の前で、消防車が呼ばれたらダッシュで逃げて、とにかくこの服は焼く。
「俺もこのネクタイ一緒に焼いていい?」
初めて八下田が目を合わせた。にやっと笑って親指を立てた。
「……メインのステーキマジ旨かったよな」
「……うん、旨かった。」
へへ、と二人で笑いあって、ホールに戻ることにした。
サイレン。
「ちょ……っっ!!!! マジまっ……」
八下田は馬鹿笑いしながらわたしの前を走っている。
「うっわまじで通報されるとか! やべえ会社にばれたら俺首だし!」
「わたしだってやばいっつのー!!」
結局川原でたき火をしたのだが、どこかのお節介がダイオキシンだの延焼だのと通報したらしい。消防車が走ってくるのを見つけてバケツをひっくり返して逃げた。一応火は消してから。
川の土手の、だいぶ遠く離れた誰かの畑に滑り込んで二人で馬鹿笑いをした。笑うたびに削り取られた部分が痛んだ。
「ああーでも気持ちよかった」
八下田が言うので同意する。
息を整えているらしい八下田に、ぽつりと漏らす。
「……愛実かわいかった。」
ウェディングドレスの彼女を思い返して、泣くことはしないが胸が熱い。
振り返った彼は、優しい目をしていた。
「……隆かっこよかった。」
タキシードの彼を思い返しているのか、声も優しかった。
「似合いの夫婦」
「うん」
「わたしらさあ」
「うん」
「一生こんな感じなのかなあ」
「まあそうだろうな。」
望みはない。
「もしさー45まで俺ら結婚とかできないんならさ」
「ん?」
八下田がにやっといやな笑いを浮かべた。八重歯がのぞく。
「お前、俺と偽装結婚しねえ?」
「冗談、お前に股開く気はねえぞ。」
下品に彼は笑うと、握りこぶしを差し出してきた。
「セックス無し、子供も45なら作れないだろ、だからとりあえず世間の目用に偽装結婚しね?」
なるほど、とわたしも嫌な感じに笑う。
「45な。いいかもな。
夫婦別姓ならいいけどね。」
握りこぶしを八下田のそれに軽くぶつけた。