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カクテルの紡ぐ恋歌(うた)Ⅰ

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「中身の七割くらいはウイスキーですから。用心して飲まないと、撃ち落とされて動けなくなりますよ」
 征は、右手で銃の形を作り、気取った声でささやいた。しかし、美紗の近くに寄せた彼の顔は、やはり子供っぽく、セリフと雰囲気が全く合わなかった。
「はあ、やっぱり、僕がやってもバカみたいですよね」
「そんなことないですよ。篠野さん、時々大人っぽく見えますよ」
 それは本当のことだった。屋上の月明かりの中にいた征は、時折、美紗よりもずいぶん年上に見えた。屋上から階下につながる階段で、逃げようとする美紗の行く手を遮った彼は、凄みすら感じるような低い声で、弱い存在を弄ぶタチの悪い男のような口をきいた。あの話し方なら、さっきのセリフもかなりそれらしく聞こえるだろう。
「大人っぽく? どんな時にそう見えます?」
「お店に入る前とか……。でも、大人っぽいというより……」
 意地悪な感じで怖かった、と言うわけにもいかずに美紗が言葉を選んでいると、征の方が先に自嘲的な笑い声を漏らした。
「いいんです。似合わないの知ってますから。カクテル言葉の話でもしてるほうが、まだマシですよね」
「素敵なお話です。カクテル言葉」
 美紗は、深い紅褐色のカクテルを見ながら、表情を和ませた。なぜか心を落ち着かせる、不思議な色だ。一方、征は、ほころぶような笑顔を満面に浮かべた。
「そう言ってもらえると、嬉しいです。ハンターのカクテル言葉、何だと思います?」
「名前が『狩りをする人』なら、カクテル言葉は……『拘束』かな。それとも、『私のもの』とか……」
 美紗は、思い付くままに言ってから、赤面した。あの人のことを「私のもの」などと思ったことは一度もなかった。なかったつもりだった。気まずいものを感じて恐る恐る征のほうを見ると、案の定、彼は目を丸くして、美紗をまじまじと見つめていた。
「ごめんなさい。品のないことを言って……」
 小柄な体をますます小さくする美紗に、征は慌てて首を振った。
「刺激的な言葉で、いいじゃないですか。でも、正解は、『予期せぬ出来事』です。あまり、カクテルの名前そのものとはつながらないですよね」
 美紗は、シックな色合いのカクテルが持つ言葉を口の中で繰り返すと、急に押し黙った。恥ずかしそうな当惑顔が、また曇った。
「何かあったんですか? 予期しなかったこと……」
 
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(「カクテルの紡ぐ恋歌 Ⅱ」に続きます。「由々しき事件」に至る手前で字数制限になってしまいました。スミマセン。表紙に「Ⅱ」のリンク先がございます。どうぞ宜しくお願いいたします。本シリーズは、現在Ⅺまで続いております。「カクテルの紡ぐ恋歌」のタグ検索で、シリーズすべてが表示されます。)