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カクテルの紡ぐ恋歌(うた)Ⅰ

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 しかし、美紗に仕事の愚痴話をする日垣は、なぜかいつも楽しそうだった。そして、ひとしきり話すと、必ず最後に、
「君は、細かい話をいちいち説明しなくても分かってくれるから、話していて本当に気持ちが和むよ」
 と言って、部長室に戻っていった。日垣の背筋の伸びた後姿を見送る美紗は、不思議と一日の疲れがすうっと消えるのを感じていた。

       ******


「確かに日垣さん、見るからに優しそうな感じですもんね」
 征は、見かけなくなって久しい常連客を懐かしむように、言葉を漏らした。
「お仕事中は厳しかったんですよ。でも、いろんなところで気遣ってくれました。私だけじゃなくて、チームの人たち全員のことも」
 忙しい直轄チームのメンバーが嬉々として働いていた要因のひとつには、あの人の人柄もあったのだろう。美紗は、今更ながらそう思った。自分も、あの人の下で勤務できるという、ただそれだけのことに、喜びを感じていたから……。
「いいところで働けるようになって良かったですね」
 自分のことのように嬉しそうに話す征に、美紗は「ええ」と返し、にわかに顔を曇らせた。確かに、征の言う通りだった。それが、どうしてこんな終わり方になってしまったのだろう。若いバーテンダーの明るい笑顔に見つめられるのが辛くて、美紗は、レモンの皮だけになったコリンズグラスに視線を落とした。みずみずしい黄色の「馬の首」は、まだ爽やかな香りを放っていた。
「ミリタリー関係の人って、何か大声で怒鳴ってるようなイメージだけど、日垣さんはどうなんですか? やっぱり仕事中は怒鳴ったりして怖いのかなあ」
 征は、客の様子には全くお構いなしで、自分の興味を追及した。その屈託のない物言いは、美紗が陰鬱に沈むのを許してくれそうになかった。
「……どちらかというと、淡々と怒ることが多かったと思います。あ、でも、上の人と派手に喧嘩したこともあったって……」
「ホントに? 信じられないなあ。日垣さんて静かに飲んでるイメージしかないから」