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吉葉ひろし
吉葉ひろし
novelistID. 32011
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入道雲に乗ろう

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真夏の入道雲の眩しさよりも、柔らかな眩しさだ。赤い絨毯に映える。彩夏は海で観た入道雲を思い出しながら、式場に向かってゆっくり歩いた。
「ちょっと」
介添えの女性が彩夏に止まるように合図した。どこから付いたのだろう、茶色の髪の毛がくびれた腰のあたりに着いていた。
「進んでください」
彩夏には止まったことは儀式の慣例なのかと、何のことかわからなかった。ボーイが観音開きのドアを開けた。拍手と歓声が湧く。
 鳩が巣を作り始めた。窓際の席の彩夏がそのことに最初に気付いた。プラスチックの破片や、針金のハンガーまで咥えてきた。
「鳩が巣を作ってる」
前の席の勇気に教えると
「俺、鳴き声嫌いなんだ。今のうち追い払おうよ」
「可哀そうよ」
「卵産むぞ」
「その為なんだから」
「雛になったら、飼うのか」
「分からない」
 彩夏の結婚も出来ちゃった婚である。中絶も考えた。それが出来なかったのは、勇気が鳩の卵を3階の教室から投げ捨てたからであった。
「彩夏どうする」
「飼えない」
 命は動かなければ、小さければ殺しやすい。アスファルトと皮靴の間で死んだ蟻の事など意識に存在しない。もちろん腕にたかった蚊を殺せば、満足感に満たされる。
 彩夏は宿った命を快楽の代償にはしたくなかった。誰に教えてもらったわけでもないのに、無垢な色を染めることを覚えて行った。その行為は楽しく1枚の絵を完成させるときまで続いた。
 油絵は水彩画よりも書き直しがたやすい。記憶の上に楽しい記憶を重ねて行けばよかったから、勇気との結婚も考えず決断出来た。勇気が中絶を勧めたら、鳩の卵のように・・結婚は諦めたかも知れないと、彩夏は式場の指定席に着席するときに想いだした。
 母のころ、初夜は初めて結ばれる夜であったと聞かされた。彩夏は恥じらう自分が欲しかった。欲望だったのか願望だったのか。愛だったのか、行為の流れだったのかとあの夜を思い出そうとしたが、水彩画を破り捨てるように、記憶は断片的であった。
 過去もこれから先の事も生きる流れなのだろうか。結婚の決断がたやすかったように、あるいは離婚も容易いのかも知れない。
 描きあげた絵は額に納めみんなに観てもらう。『羨ましい』と言ってもらう。彩夏はマイクから流れる祝辞に満足しながら、勇気の横顔を観た。
 今日からまた新しいカンバスに絵を描くのだ。真っ白なシーツは真夏の入道雲、恥じらいを抱いてその雲に乗って行こう。




作品名:入道雲に乗ろう 作家名:吉葉ひろし