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吉葉ひろし
吉葉ひろし
novelistID. 32011
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白薔薇を赤薔薇に

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モーゼが海を割ったように、ユリは自分の求める道を探していた。浴槽に水は溢れ、ユリが銀色に輝くコックに手を伸ばさない限り、水は流れ続ける。排水管を抜け、下水に到達する頃には、透明な水も、食器を洗った洗剤の泡や、排泄物等と同化し、汚れ、処理場に到達すれば、浄化され、やがて、いつか。再びユリの体内に戻ってくるかもしれない。命も同じではないか。
 ユリは白薔薇を浴槽に投げ入れた。1輪、2輪、3輪・・・浴槽の水が見えなくなるまで入れた。蛇口から落ちる水に薔薇の花は揺れる。ユリは蛇口をひねった。やがて波は静まり、薔薇の花も静止した。満々と水を湛えた湖に雪が積もったように白い。いつだろうか、湖面から水が溢れ、雪が赤く染まるのは・・・ユリは薔薇の花弁を人差し指と中指の間に挟んだ。それは掌から観れば銀色に輝いていた。モーゼの道を歩むことは苦痛ではない。永久の至福が待っている。その掌を手首に当て上から下に下せば済むことだ。躊躇うことは無いはずだ。水が溢れ、薔薇の花が流れ、残された薔薇の花から、花弁を数えれば済むことだ。そして赤い花弁を手にすれば、ユリ、割れた海を渡ったことになる。
 曇りガラスの戸を開ければ、細く月が見えた。その先で咽を突いた方が・・飛んでいけたらいいなとユリは思った。月を見ながら花びらを数えるのもいいだろう。
 ユリは全裸になった。シャワーで体を洗う。明日を待つ時もそうだったと思う。開けた窓から恐怖が忍んでくる。躊躇う自分の心にユリは驚く。照明を消す。決心したはずなのに、鏡に月の弱い光で映る自分の姿に躊躇う。ユリは洗面台に置いた剃刀の刃を手にすることは出来なかった。
作品名:白薔薇を赤薔薇に 作家名:吉葉ひろし