タイミングが悪すぎ強盗
「お願いします、お願いします。
1万円でもいいんでお願いします」
みすぼらしいばあさんが一人。
「はーい、みなさん、これが銀行の受付でーす」
「わぁー」
「すごーい」
子供と引率の女。
「へぇ予定日はいつなんです?」
「あさってなの。もう臨月だからここまで来るの大変で」
女の銀行員に、妊婦……男はいない。
俺は仲間に目くばせすると、鞄のマシンガンを引き抜いた。
「全員動くな!! 俺たちは銀行強盗だ!!」
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人質を縛り上げ、銀行から金を回収し終わった。
簡単なものだ。
「アニキ、1000万円ですぜ。
これを山分けしたらあっしの嫁なんてビビるぜ」
「いいから、逃走準備進めておけ」
俺は昔から運が悪かった。
くじで当たったことはないし、やたら事故に遭う。
だからこそ培われた慎重な性格が、
完璧な銀行強盗としての俺を作り上げるに至ったのだ。
当然、この計画にも抜かりはない。
「アニキ、逃走用の車準備しておきやした。
あとはズラかるだけです。
さすがアニキですね、本当にスムーズで完璧です」
「よし、帰るぞ」
カバンをもって立ち去るその瞬間。
「痛たたた……! うぅ……お腹が痛い……!」
人質の妊婦が急に呻きだした。
「ちょっと! この人破水しているわ!」
「誰か! 誰か助産師さんいないの!?」
「えええええ!?」
妊婦は出産まで待ったなしの状態。
なんてタイミングが悪いんだ!
「アニキ、早くしてくだせぇ!」
「でも……」
「そこの強盗! なんとかしなさいよ!
あんたが縛るから早まったんじゃないの!」
「俺のせい!?」
ああもう!! しょうがない!!
俺は銀行に助産師を呼び出し、機材を手配した。
完全な設備と、絶対に足がつかないよう気を配って。
残り:800万円。
「アニキ……」
「しょ、しょうがないだろ!
ここでケチって逮捕されたり、
出産できずに恨まれたりしたら目覚めが悪い!」
「ふえぇぇぇ!!」
元気な産声が銀行内に響き渡った。
「アニキ……あっし……」
「だから、これは必要な費用だったんだって!」
「強盗、辞めます」
「えっ」
このタイミングで!?
「あっしの嫁も今子供がいるんス……。
なんか命の誕生を今、見て自分なにやってるんだろうって……」
「わかるけど! 今そうする理由ってあるの!?
だって、今足を洗うたって逮捕されちゃうぞ!?」
「それもしょうがないッス。
嫁と生まれてくる子供には悪いッスけど……」
「~~~~~~ああもう!!」
残り:500万円
「これは俺からの出産祝いと手切れ金だ。
受け取ったらもうお前は俺の仲間じゃない。
たまたま銀行に居合わせただけの"人質"のひとりだ」
「アニキ……!!」
俺は300万円で元・仲間の経歴すべてを抹消した。
専門業者に頼んだのでかなり高くついた。
まあ、でも最初から山分けを考えたのなら
俺の手取りが減ったわけでは――
「おいコラばばあ!! いい加減金返しやがれ!!」
と、思いきやガラの悪そうな男たちが銀行へ乱入してきた。
「今日こそ耳そろえてきっちり返せやコラ!!」
「ひぃぃ!! すみません!
この宝くじが……この宝くじさえ……」
「んなの当てにできるかボケッ! 早く返せ!」
おいおい、なにこの騒ぎ。
人質の子供たちはおびえているし、
こいつらがその気になって襲い掛かったら俺ひとりで撃退できない。
残り:100万円
「悪いなァ兄ちゃん、もらっとくぜ!」
結局、強盗の俺が肩代わりすることになった。
「ありがとう存じます、ありがとう存じます」
「うん……いいのよ……利子込みの400万なんて……。
ここで逮捕されるリスクに比べれば……ははは」
お礼に汚い宝くじをもらった。
後は面倒が起きる前にここを立ち去らなくては。
ぐぅぅぅぅ。
「……ん?」
ものすごい腹の音が銀行内に響いた。
振り返ると、びくりと感情なまでに子供たちが委縮している。
「今のって……」
「違うんです! 私なんです!
子供じゃありません! 私の音なんです!!」
ぐぅぅぅ。
引率の先生が必死にかばうその後ろから、
腹の虫たちの大合唱が聞こえている。
「ごめんなさい! この子たち、社会科見学で!
予定通りならとっくに食事の時間で……。
子供たちは悪くないんです! 予定を組んだ私が悪いんです!!」
残り:0万円
「はぁ……買っちゃった……」
銀行内はお弁当のにおいで包まれていた。
子供たちにだけ食わせるわけにもいかないので、
全員分の弁当とそれを安全に手配するために金を使い、
カバンの中は強盗前のすっからかんの状態に。
「「「 ありがとう! 強盗さん!! 」」」
「うるせぇわ!!!」
感謝だけされた俺は逃走用の車で逃げた。
一応、事件として追われていないかラジオをつける。
『以上で、本日のニュースを終わります。
次のコーナーは、運試しです』
どうやら報道はされていないみたいだ。
儲けは出なかったものの、完全犯罪はできたらしい。
『宝くじ当選番号は********です。
当選すると1億円、幸運な人は誰でしょうね』
「……ん!?」
なんだ、聞いたことある番号だぞ!?
慌ててポケットから汚い宝くじを取り出した。
間違いない、当たっている。期限も残っている。
「やったぁ!! 1億円! 1億円当たっちゃったよ!!」
見間違えていないか、当選番号をしっかりチェックした。
その瞬間。
※ ※ ※
「……なるほど、絶対に足がつかないようにしたいと」
「はい」
「わかりました」
男は電卓をカタカタと入力する。
「壊れた自動車の完全廃棄に、
あなたの治療費と、入院生活費、証拠隠滅費、
関係者への口止め料金などなどを全部足して……」
男は打ち終わった電卓を、
自動車事故でぼろぼろの俺に見せた。
「しめて、1億円ですね」
作品名:タイミングが悪すぎ強盗 作家名:かなりえずき