こちらに俺の昨日が流れてません?
まるで空港の手荷物を待つように。
「昨日検査が終わった荷物はコンベアで流れてきます。
どなた様もお間違えないよう、昨日をお取りください」
コンベアが動き出して、昨日が流れてくる。
並んでいた人々は自分の昨日を手に取って帰っていく。
俺の昨日はまだ来ない。
「……といっても、飯食って寝るだけの
なんの変哲もない普通の昨日だけどなぁ」
1ヶ月もすれば何をしていたか忘れるほどありきたりな昨日。
そんなものなら、別に回収しなくてもいい気がする。
なんて考えていると、昨日職員に誰かがつかみかかっていた。
「ちょっと! 私の昨日が流れてこないんだけど!」
「あなたの昨日には、危険物が認められました。
危険な思想や行動をした"昨日"はこちらで没収させております」
「それじゃ……私の昨日は……」
「なかったことになるだけです」
昨日検査が始まってからというもの、犯罪は激変。
少しでも犯罪をした昨日が検出されれば、そのまま没収される。
コンベアから昨日を取り戻さなくちゃもうなかったのと同じ。
しかし、遅い。
「あの、俺の昨日がいつまでも流れてこないんですが。
もしかして、俺の昨日も危険なものがあったんですか?」
「えっ? いえいえ、あなたの昨日はいたって普通ですよ」
「でも流れてこないんです」
「そういわれても……もしかして、別のレーンに入ってしまったかもしれません」
「え゛っ」
それは事実上「昨日の紛失」を意味していた。
アホほどあるレーンをしらみつぶしに探すわけにいかない。
失って困るほどの昨日ではないけど、
昨日を失うことで不都合が起きないかが心配だ。
そこに、大きな昨日が流れてきた。
「……そうだ」
俺は誰のか知らないその昨日を手に取った。
・
・
・
『佐藤君? 聴いたわよ、大富豪になったんだって?』
『ずっとあなたのことが気になってしょうがないの』
『この番号に連絡してね、絶対よ』
「うははは、モテモテだぁ!」
俺があの時取った「昨日」が、
まさか億万長者の昨日だったとは。
金は使いたい放題、女にはちやほやされ放題。
「まったく最高だぜ!」
すでに幸せの絶頂にいながらも、
俺の頭は次の幸せに考えをめぐらせていた。
「金は捨てるほどあるんだから、
今ならどんなことも怖くない……ようし」
俺は昨日コンベアの最前列に向かった。
コンベアが動き出すと、まるで自分のだというように
ごくごく自然に「昨日」を手に取った。
金はいくらでもある今となって求めるのは、
"新しい刺激"に他ならない。
誰かの昨日をこっそり奪って、明日を俺のものにすれば
金を持ちつつも他人の経験すべてを吸収できる。
それはつまり……。
「金で買えないことも、手に入るってわけだぜ!」
俺が別の誰かの"昨日"を開いた。
>昨日、地球を責めてくる怪獣と戦いました。
昨日を見てみて、背筋が寒くなった。
この昨日はいったい誰が……いや、それより。
「俺が怪獣になんて戦えるわけないだろぉぉ!」
中肉中背のごくごく普通の一般人が、
明らかに規格外のモンスターと戦うなんて不可能だ。
慌てて検査員のところへ行く。
「あの! この昨日、いらないです!
もう一度コンベアに流してください!」
検査員は昨日をチェックすると、困ったような顔になった。
「あれ? なんで危険物が紛れているんだ?
あんたね、戦うとか危険な昨日は持ち込まないでくれ」
「俺のじゃないんですよ! 助けてください!
このまま、この昨日が本当に実現してしまう!」
「知りませんよ、そんなこと」
「そこをなんとか!!」
俺の必死な勢いに検査員はついに根負けした。
「わかりましたよ。この先にあるレーンに行きなさい。
そこではどんな昨日でも流してもらえるよ」
「助かった! ありがとう!」
監視員の言葉をうのみにして別のレーンへ昨日を流した。
あとは偶然を装って別の誰かの昨日を取れば終了だ。
「よし、これだ」
目の前に流れてきた昨日を手に取る。
昨日を開いてみてぞっとした。
この持ち主は昨日、強盗に入っている。
慌ててレーンに戻し別の昨日を手に取る。
どっかの誰かの犯罪を俺がかぶるなんてまっぴらだ。
「ひっ」
今度手に取った昨日はホームレスの昨日。
明日が来る恐怖におびえているだけの毎日の一部だった。
俺はやっとわかった。
ここのレーンに流れる昨日は、廃棄のつもりで流されている。
「ダメだ、やっぱり別のレーンに移って……」
「お待ちください。昨日を持たずにレーンを出ることは禁止です。
それとも、あなた誰かの昨日を奪うつもりですか?」
「そそそ、そんなわけ……ないでしょ……」
もうこうなったら怪獣でもなんでも戦ってやる!
あの昨日であれば、このレーンに流れる昨日ではマシな方だ。
が、いつになっても昨日は流れてこない。
「まさか……」
絶望感がわいてきた。
俺のようなことを考える奴がいたんだ。
俺が流した昨日を誰かが回収したに違いない。
もうこのレーンに残っている、
捨てられた昨日から俺は選ばなくちゃならない。
犯罪者になるか、ホームレスになるか、はたまたもっと最悪か……。
「ああ……どうしてこんなことに……」
金なんて要らない。
身の丈に合った幸せでいい。
普通の、当たり前の日々に戻りたい。
「あっ……!」
流れてくる昨日に見覚えがあった。
あの色、あの日々、間違いない。
「このレーンに紛れていたのか……!」
奥から「紛失した昨日」がゆっくり流れてきた。
飯って寝るだけの、普通だけど大切な昨日が。
作品名:こちらに俺の昨日が流れてません? 作家名:かなりえずき