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蒼き旗に誓うは我が運命

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序章 消えた交易商人


 その昔、人は広い海に何を思ったのだろう。水平線の彼方にある未知なる大陸か、誰も成し遂げられぬ七海制覇か。帆を張り大海に漕ぎ出した時、人は海の偉大さを怖さを知るだろう。しかしそれを乗り越えた時、海は人間に最高の贈り物をする。故に人間は、広い海に強く憧れ、船を出す。
 しかし時の変化は、人の心も変える。領有権に揺れる列強国の覇権争い、海賊の襲撃、繰り広げられる争奪戦を、海はどう見ているのだろうか。だが、未だこの世には己の信じる旗を揚げ、自由に海を駆けると云う海の民がいた。海賊と呼ばれながら、決して非道な事を一切せず、商船の護衛や海賊討伐もする彼らの名を、館の主は誇らしげに言う。

 「ソルヴェール…?」
 イベリア王国王都サン・ペテルヴルグ―――、運河(カナーレ)沿いに建つベイリー商会。交易商人を幾人も抱える商館の書斎で、机の上に散らかった書類や書籍を整理しながら、少年は首を傾げた。
 「一般には海賊(ピサーレ)と称されているが、今この国が何事もなくいられるのは彼らがいるからと言われている。私の取り引き相手だよ」
 商館主ウォルト・ベイリーは、もうすぐその船が帰って来ると言う。
 「彼なら、動いてくれるかもしれない。頼んでみるかい?」
 相手が国王であろうと間違っていると言える、その船の船長。人はその男の事を―――、海賊公爵と呼ぶ。
 「…是非お願いします」
 少年の真剣な眼差しに、ウォルト・ベイリーは軽く笑った。



 ソルヴェールの船サン・ディスカバリー号は、イベリア王室の依頼を受けて海賊討伐船として海にいた。だが、船長ジェフリー・ラ・リカルドの端整な顔には、イベリア本土が近くなるにつれ眉間に皺が刻まれる。
 腰までの金髪をサラサラと潮風に浚わせ、深い蒼の瞳には三ヶ月ぶりの故国はどう映るのだろうか。彼には決して優しくはない、故国イベリア王国は。
 「一杯如何です?キャプテン・リカルド。貴方の好きなアールグレイでも。本当は葡萄酒(ワイン)と言いたいんですが、マックス砲術長が空けてしまいましたからね」
 「どっちも、海賊討伐船に向かない積み荷だな」
 彼等が乗っているサン・ディスカバリー号は商船ではない。武装していたが、海軍に属した船でもない。彼等は依頼を受け、海賊討伐から交易船の代理、その護衛まで請け負う。
 「彼、さっそく“女王様(クィーン・メアリー)”を飲んでやると云ってましたよ。まさか収穫祭期間ずっとなぁんて事はないと思いますけど」
 そう言ってクスクス笑う銀髪の青年に、噂の男が顔を顰めて現れる。
 「聞こえてるよ。云っておくがアレは収穫祭にしか一般民衆は飲めねぇんだぜ」
 「相変わらず、地獄耳ですね?マックス砲術長」
「俺の耳は、遠くからでもよく聞こえるのさ」
 サン・ディスカバリー号は三ヶ月に及ぶ航海を終えて、イベリア本土へ針路を取っていた。折しも、ロイヤル・ワインと呼ばれる最高品種、“メアリー”の、の産地であるイベリアは間もなく収穫祭を迎える。解禁日となるその日、計算では丁度帰港と重なるのだ。
 嘗ては多くの帆船が出入りしていたプレサワールの港は、今は軍船が並び商船以外の大型帆船は殆ど入港しない。海は、昔ほど自由に行き来できる場ではなくなったからだ。
 主な原因は、海賊である。海賊の襲撃に悩まされていたイベリア周辺海域だが、今回はガレー船を含むガレオン船十数隻の大船団である。未だかつてない大船団襲来に、直ぐに駆逐艦を向かわせる事を上層部は躊躇った。
 イベリアは西側諸国屈指の海洋国家として最強を誇っていたが、重厚且つ数十門に及ぶ大砲を備える軍艦を有していても、動き回る海賊船に小回りが利かない。イベリア国王ジョアン二世でさえ、大船団出没に暫く声が出なかったくらいである。
 困った国王が頼ったのは、ソルヴェールのであった。非道な事は一切しないとは言え、彼らは武装した船を駆る一族である。依頼すれば商船の護衛、海賊の駆逐も請け負うが、国が表立って交渉する訳にはいかない。だがこれは、クリアできた。国王の身近に、ソルヴェールと繋がる人物がいたからだ。それが、ジェフリー・ラ・リカルドである。
 「あれだけ散々、船倉の樽を開けてまだ飲むつもりか?マックス」
 「あの女王様(メアリー)たぜ、キャプテン」
 三ヶ月ぶりの陸に思うのは、同じ船に乗っている仲間でも違う事がある。ジェフリーの場合、これから散々嫌味を聞かされなければならないと思うと、複雑だ。ソルヴェールが海賊だと云われているのは仕方ないとしても、イベリアの血を半分引いている男の帰還を喜ぶ者は少ない。歓迎して欲しいとは云わないが、それが有り難くない中傷や嫌味では怒るのを通り越して呆れるジェフリーである。現に、ジェフリーが乗るサン・ディスカバリー号が勝利して戻って来ると言う報せに、貴族たちの半数は同じように眉間に深い皺を刻んだ。海賊公爵とジェフリーを陰で呼び、先祖代々貴族の血を継承し、ブライド高い彼らには、海賊の血を引くジェフリーが公爵なのが気に入らない。更に思った事を誰に構わずはっきり言い、腹に一物ある者にとっては尚更である。
 ジェフリー・ラ・リカルドは、イベリア貴族でもあったのである。

 「これは、フォンティーラ公。この度の駆逐、実にお見事でしたな」
 港に着いた彼らを出迎えたのは、王宮筆頭補佐官の男である。彼も貴族出身だが、その顔は強張り、形ばかりの笑みは引き攣っている。
 「あんたの期待に応えられなくて、残念だったな」
 「―――…」
 正直に顔に出てしまった筆頭補佐官に、ジェフリーは構わず爆弾を落とした。
 「何故生きて帰って来たのだ、と言いたいのだろう?」と言う意味で云ったのだが、図星だったようだ。筆頭補佐官の顔は、今にも怒り出すかの如く赤い。
 フォンティーラ公爵家は、王室とも繋がる名門公爵家であった。建国王を影から支え、イベリア統一を成し退けたフランシスコ・フォンティーラの名は、貴族なら知らない者はいない。そんな名門に何故野蛮な海賊が生まれるのか―――、貴族達は二十数年前に起きたあり得ぬ結びつきに今でも憤る。
 決して出逢う筈のない、公爵家の跡取り姫とソルヴェール惣領。貴族社会では、許されぬ結婚と妊娠であった。故に、一般船乗りの家の子として生まれ、自分がイベリア王侯貴族・フォンティーラ公爵家直系の血筋であり、唯一の後継者だと知ったの時既にソルヴェール惣領として海を駆けていた。

 「お帰りなさいませ、旦那様。御無事のお帰り、何よりにございます」
 三ヶ月ぶりに帰って来た彼を、心から歓迎したのはフォンティーラ家執事のウォルグラフ・トーマスだけである。
 「その《旦那様》はやめろウォルグラフ。一気に老けた気がする」
 「他が何と言おうと貴方様は、このフォンティーラ公爵家の御当主でございます」
 「十年前も同じ事を云ったな」
 「覚えておられましたか…」