亡くなった父と語る時間が増えてゆく
頑張って、頑張って、頑張り抜いても危機が必ず訪れる。チャレンジをし続ける人は、特にそうだ。いわゆる「どん底」を経験しない成功者はいない。
なぜなんだろう?
それは単純な理由だ。「失敗は成功の母」という古来からの原理だ。
失敗は成功の母
【読み】 しっぱいはせいこうのはは
【意味】 失敗は成功の母とは、失敗してもその原因を追究したり、欠点を反省して改善していくことで、かえって成功に近づくことができるということのたとえ。
私は英語をマスターしたいと決意して受験英語を頑張った。しかし、話せない。それで、大学では学内のLL教室に通い、下宿ではNHKのラジオ講座を聞いた。それでも話せない。親に頼んでお金を出してもらい、ECCに通い、リンガフォンを購入し、出来るだけの時間を勉強にてた。しかし、話せない。
英語をマスター出来ないうちに大学を卒業して社会人になった。残るは留学くらいだが、金はない。それに、退職して帰国したら「無職、貯金なし、資格なし、恋人なし、何にもなし」になってしまうではないか。悶々とした。
「もともと自分には才能なんかなかったんだ・・・・・」
これがたどり着いた結論だった。
ところが、その時に受けまくっていたお金のかからない留学試験の一つに受かった。願書に健康診断書が必要なのでレントゲンを受けまくる必要があり
「オレ、被爆して死ぬかも」
と思っていた頃だ。
「もう何もかも捨ててもいい」
そんな藁をもつかむ思いだった。これが最後のチャンスと思っていたので、アメリカでは猛烈に勉強した。帰国後に、英検1級に合格したが通訳ガイドの国家試験、国連英検A級、ビジネス英検A級などに挑戦したのは
「ここでモノにしなかったら、オレは何のために・・・」
という思いだった。
私はアメリカから帰国して、アメリカの友人を家に招いたことがあった。しかし、考えてみたら父はアメリカと戦争をしていた。よくよく考えてみたら、敵国だった国に私を送り出したのだった。
とても、父にはかなわない。
「自分は全く才能がない」
この認識は苦いものであっても、直視しないと前に進めない。絶望すると、人は謙虚になる。謙虚になると、前に進める。それを学んだ。それを胸に刻んだ。
そういう目で見ると、聞くだけで英語が身につくとか、ウチに任せれば難関大をラクラク合格なんて聞くと
「ウソつけ!」
と思う。しかし、笑って見過ごすようにしている。インチキ商法は自滅するので怒る必要はない。
人間は
「もうダメだ・・・・・!」
という最大のピンチに立たされないと、火事場の馬鹿力が出ない。ピンチは最大のチャンスだと、よく言われる。私もピンチに立たされなかったら、京大を7回も受けたりしなかった。数学Ⅲまで勉強しなかった。
ここまでこだわると、左翼の先生だけでなくて右翼の先生にも引かれる。つまり、組織の中では生きられない。だから、自分の塾を開設するしかなかった。
母によると、父は生前こんな私を自慢していたそうだ。ウザイと思っていたが、親孝行になっていたのだろうか。父が亡くなってから、父と語る時間が増えた。
自分は、小学校の時に誓った「本当のこと」を語っているだろうか。
私の娘たちも、いつかこういう時をむかえるのだろうか。だとすると、亡き父のようでありたい。私は父が誇れる息子だったのだろうか。私は、娘が誇れる父になれるのだろうか。
作品名:亡くなった父と語る時間が増えてゆく 作家名:高木繁美