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Einsamkeit

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Einsamkeit




 ローデリヒは、ずっと読んでいた本──夕方急いで買ってきたばかりの「ひどい失敗をして失恋したドイツ人男性を効率的に慰める初心者用の本」──からふと目を上げて、ため息をついた。
 
 ・・・遅いですね、ルートは。
あれほど「どんなに遅くなっても、私が寝る前には帰ってきなさい」と念を押したのに。
時計の針はもう深夜に程近く、まもなく日付が変ろうとする頃だった。

 いつものように訓練に出かけて帰ってきたと思ったら、今度は突然スーツなど着込んで、何が始まるのかと思ったら、なんとこれからプロポーズにいくのだという。
 たまにクーヘンを作り始めたり、犬の散歩に行く以外は、いつも訓練か職務に明け暮れてばかりいる彼に、まさかそんな相手がいたのかと驚いたのもつかの間、相手が男性だと言いだしたのには、更に驚かされた。その後、更にまたひと波乱あったものの、何とか無事に送り出したと思ったら、事件はまたすぐに起きてしまった。たまたまその本を目にしたエリザベータによって、彼が当てにしきっていた「初級恋人との付き合い方」という本は、内容が大変にまずいものだということが発覚したのだ。(…悲しいことには、私の愛読書でもあった)

 もっとも冷静に考えたらどうせこの人のことだから、勘違いか何かにきまってるし、せめて相手の方にご迷惑を掛けることがないよう、無事に帰ってさえくれれば…と思っていたのに、まさかこんなことになるなんて。
 生真面目なルートがどんなにがっかりして帰ってくるかと思うと、放って置くこともできなかった。そこでエリザベータを伴って大急ぎで街の本屋に行き、ルートの為に件の本を買い求め、今の今まで必死で読んでいたというわけだった。

 ・・・しかし、こんな時間まで帰ってこないということは、それでもうまく行ったということなのだろうか。私のただの取り越し苦労だったなら、それならそれで良いのだけれど…

 そんな風に思ってはみても、ローデリヒの表情は冴えなかった。

 ――うまく行ったなら、何も私が心配する必要はないのに・・・。
 自分でも自分が何を考えているのか良く分からなかった。

 早く帰ってくればいいのに、ルート。そうすれば、いつまでもあなたのことを心配して起きている必要もなくなり、私も安心して寝られるのに・・・。

 ローデリヒがぼんやりと今日のできことを思い出しているうちに、時計の針が零時を回り、深夜を告げるメロディーが流れ始めた。
 その時、家の前に車が急停止する音が聞こえたかと思うと、間もなく、今度は滅多やたらにドアを叩く音が始まった。
 ノックにしては乱暴すぎる。まさかと思うが、このままでは本当にドアを叩き壊しかねないと思い、すでにパジャマに着替えていたローデリヒは、あわててガウンを一枚羽織って、急いで玄関に向った。
 玄関に近づくと、ドアを叩く音の他に二人の話し声が聞こえてきた。ひとりはもちろんルート、そしてもう一人は何とフェリシアーノの声だった。

 ──まさか、プロポーズの相手というのは、<あの子>のことだったんですか?!

 ・・・ひどくショックだった。
 しかし自分でも何でショックなのかが分からない。何とも馬鹿馬鹿しくて笑える話ではないか、と自分に言い聞かせてみたが、おかしなことには何の説得力も感じられなかった。
 ドアを開けるまでのほんのわずかな時間が、まるで何時間のようにも感じられた。ただ玄関へ行ってドアを開けるだけのことなのに、何だか力が入らない…。

「俺ら〜!今帰ったろぉ〜、早くここを開けろ〜!!」
「ルート、ダメだよ〜、もう真夜中だよ〜、そんな大きな声出しちゃだめだよ〜」

 いつでも礼儀正しく、真面目で、近隣にも気配りを忘れないルートとはとても思えないような、ひどいダミ声を張り上げている。どうやら、やたらにドアを連打しているのも彼のようだ。
 アルコールの強さでは人並み外れた彼が、よりにもよって泥酔状態とはにわかには信じがたい事態だった。そんな状態で、なおかつ体格に恵まれ、鍛え方もまた人並み外れたルートを止めるなんて到底無理だなんてことは今更考えるまでもないことだろうが、他に誰もいない以上、自分が何とかしなくてはと思ったのだろう、フェリシアーノの必死の声はすでに半泣きになっていた。
 
 やっとの思いでドアの鍵を開けると、泥酔して異常にハイテンションのルートが転げ込んできた。
「何らあ、ろーでりひー、まら起きてらのか?ごくろーさん!はっはっはぁー!!」
「ちょっと!しっかりしてください、ルート!どうしたって言うんです、こんなに飲んで・・・」

 どうやら、よろめくルートをフェリシアーノが必死で支えて車から連れ出し、ここまで運んできたと見える。しかし体格差はいかんともしがたく、足がもつれたルートがローデリヒの方へ倒れこんでくるのを止める事までは出来なかった。あっという間もなくローデリヒはルートに組み敷かれるような形で彼の下敷きになってしまった。

「ああっ、ローデリヒさん!ルート!大丈夫?!」
 フェリシアーノはあわてふためいて、おろおろするばかりで、この場では到底役に立ちそうもない。まあ、それは元より分かっていることだけれども・・・。とにかくルートを早く何とかしないと。
 
 それにしても・・・
 何ともため息の出るような状況だった。
 あんなに彼を心配して、あの本を読みながら、こんな時間まで起きて待っていたのに、その結果がこれかと思うと、ローデリヒはまるで自分が馬鹿みたいに思えた。

「何やってるんですか、このお馬鹿さん!」
 顔を真っ赤にして頭から湯気を出さんばかりに怒って、眉を吊り上げて声を荒げるローデリヒをものともせず、覆い被さるように自分の顔を近づけて来たかと思うと、ルートは何を思ったのか、つと、彼の顔から眼鏡を取り上げ、ローデリヒの目をまじまじと覗き込んだ。

「・・・・・・何を見てるんですか?」
「今まれ気が付かなかったけろ、きれいな目らなあ…」
「・・・はあ?!」

 口づけでもするのかと思うほど顔を近づけても、真っ赤な顔で酒臭い息を吐きながらそんなことを言うのでは、何の説得力もありませんよ。そう言いたかったが、充血していてもなんだか妙に真剣な目つきがくすぐったく、ローデリヒは照れ隠しもあって更に声を荒げた。

「何を言っているんですか、このお馬鹿さんが!重たいんだから、早くどいてください!フェリシアーノ!見てないで、早く手をお貸しなさい!!」
「・・・ヴェ〜」

 ローデリヒの上にのしかかったような格好のルートを漸くどかしたものの、フェリシアーノとふたりがかりで、よろめきながら、なおも意味不明な言葉を連発して大騒ぎするルートを両側から支えて、寝室まで連れて行くのは並大抵のことではなかった。
「痛いっ!ヴェ〜、ルートそんなに暴れないでよ〜」
「少しおとなしくなさい、この酔っ払いが!」
 やっと彼の寝室までたどり着き、ベッドに入れる前に着ているものを脱がせようとしたが、今度はルートはわけもなく抱きついてきたり、まだおかしな言葉をわめき散らして暴れたりで、それまたひと仕事だった。
作品名:Einsamkeit 作家名:maki