閻魔さま買収計画
棺をのぞき込むようにして母が泣いていた。
そっと棺になにか入れていた。
「お母さん、なに入れているの?」
「お父さんね、これ好きだったから」
棺には生前、父が好きだったどら焼きが入れられた。
「何言っているの。お父さんはもう死んでるじゃん。
こんなの入れても食べれるわけないよ」
「ちがうのよ、あの世で食べてくれるのよ」
「でもこれから燃やすんでしょ?
お父さんの体と一緒に燃えちゃうよ」
当たり前のことを、当たり前に確認しただけなのに
あのときの周囲のぎょっとする目は忘れられない。
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「……社長!」
秘書の声で、うたたねの眠りから目が覚めた。
もうあれから数十年がたつのか。
「社長、今度もウチの株価はうなぎのぼりです!
やっぱり社長は天才ですね! 敏腕ですね!!」
「ああ、そうだとも」
父親が死んで社長になってから、
タタミホールディングスは急成長を遂げた。
父親のやり方を見ていたとはいえ、なにもかも非効率だった。
俺の代になってからは古臭い方式すべてを取っ払い、
多少悪いことでも結果が伴うのであればどんどんやる。
それによって、どれだけ不幸な人間が出るかなんて知ったことではない。
「この世界は競争世界。
負けたやつの気持ちを考えてやる必要なんてないからなっ!
あはははは! あはっ……はっ……」
「社長?」
「ぐはっ……あっ……はぁ……」
「社長!!」
急に目の前が真っ暗になって、そのまま俺は病院へ担ぎ込まれた。
「余命1ヶ月ですな」
「えぇっ!?」
医者の診断は突拍子もないものだった。
「1か月後、あなたの心臓は急激に伸縮して止まります。
これはどんなことをしても止めることはできません」
「それじゃあ確実に死ぬって……こと?」
「ひらたくいえば」
「ふざけんなっ! やっと会社も大きくなってきたのに!
医者だったらなんかしろよ! 治せよ!!」
「いっ、いくらなんでも無理です!
あとは天国に行けるようにお祈りしてとしか……!」
病院を出ると、これまでの人生を振り返ることにした。
なんとしても俺が天国逝きにふさわしい人間だと
閻魔さまにプレゼンしなければならない。
でないと、一生地獄行きが決まってしまう。
「これまでの人生、か……」
考えども考えども出てくるのは悪い記憶ばかり、
人をだまし、あざむき、買収し、あやつる。
俺の人生は悪いことばかり上達して、
いいことに関しては歳を追うごとに少なくなっていた。
「これじゃあ間違いなく地獄行き決まりじゃないか!」
まだ純情だった小さいころの思い出を水増しして、
閻魔さまに「いい子でした」アピールしても通用しない。
だったら……。
「閻魔を買収するしかない」
俺の方法で天国を勝ち取るしかない。
どんなに欲がなさそうに見えても人間は単純だ。
金に興味がない奴には異性をあてがえば操れるし。
異性に興味がなければ食べ物を与えてやり、
食べ物に興味がなければ金を渡せば心なんていくらでも操れる。
閻魔の好みがどんなものかはわからないが、
いくらあの世のの裁判官でもどうしても欲しいものの一つもあるだろう。
それをくれてやれば、俺の天国行きも決まりだ。
「クレジットカードに、小切手に、車に、カメラに
女に、家電に、自転車に、あとはゲームに……」
思いつく限りの買収品を用意する。
相手が一番ほしい1品を当てさえすればあと楽だ。
これだけ準備していれば、大丈夫だろう。
「それじゃ、これを特注の棺に詰めて……。
あとは俺は死んだときに一緒に燃やしてくれれば完璧だ。
ふふふ……やはり俺は悪知恵が働くな。天才だ」
「あの、社長」
バカでかい棺の準備を終えて、
あとはここに収まるだけなのに秘書がふいに水を差す。
「大変申し上げにくいのですが、
このままでは社長を埋葬することはできません」
「なんでだ! 棺にはちゃんと俺が入るスペースも残している!
なにが問題あるっていうんだ!」
「いえ、棺には問題ありません。
ただ、これを燃やす火葬場がないのです」
あっ。
そうだった。
車をも詰め込んだ棺が入る火葬場はどこにもない。
俺の経済力で特注の火葬場を作ることもできなくはないが、
残りの余命を考えても建設までとても間に合わない。
「かといって、買収品を持ち込まないわけには……」
閻魔の好みがわからない以上、
棺に納める品の種類を減らすことだけは避けたい。
そのとき、ふと思いついた。
「……そうだ!! 大気圏だ!」
俺はすぐさま自分の発射場へと向かい、
プライベート・スペースシャトルに買収品を詰めに詰める。
火葬場がなければ宇宙まで飛べばいい。
簡単なことだった。
シャトルは無事発射し、あっという間に大気圏を抜ける。
『HITSUGI Deperture(棺、切り離し)』
俺が収まった棺はシャトルから切り離されて大気圏へ。
地球に向かって燃え落ちる棺の中で、俺はゆっくりと余命を終えた。
目を覚ますと、花畑が広がるあの世にたどり着いていた。
棺に収まっていた品々もちゃんとあの世まで来ている。
「やった! やったぞ! 作戦は大成功だ!!」」
これだけ買収品があればもう完璧だ。
さっそく自家用車で閻魔様のもとへと乗りつける。
「お前が今日の天国・地獄審判の被告人か」
閻魔が俺のプロフィールを覗く。
きっとろくなことが書いていないだろう。
だから……。
「閻魔様、よろしければこの品の中から
お好きなものを選んでください。全部でも構いませんよ。
そして、ぜひ審判の参考にしていただきたい」
俺は閻魔さまに品を見せた。
すると、閻魔はすぐに結論を出す。
「天国・地獄行きは持ち込んだ品数で決まるから。
お前は10品以上だから地獄行きな」