クリームぜんざい
いや、誰も通らなかったんだよ。と男は言いかけてぐっと堪えた。女は男が縁日を見つけてくれたのが嬉しくて、思い切って男を見た。そして、あやうく悲鳴を上げる所だったのを、恐ろしい精神力で乗り切ったのだった。
「人騒がせな子供もいたもんだね」
「やっぱり、風船は夏には似合わないわね」
「おまたせしました。冷し飴です。」
店の老婆が、注文の品を運んできた。
「まだ、クラゲは出ないかしら?」
「そりゃ、あなた。まだまだ出ません。波も静かです。これから、ですか?」
「ええ。やっぱり泳がないと、ここに来た甲斐が無いでしょう」
「それじゃ。十分、お気をつけなさって」
額から汗が滲む。男と女は申し合わせたように、ハンカチやタオルで顔を拭う。互いに見合わせた顔は、普段見知った顔だった。
「それじゃ、これのんだら泳ぐか」
「体温計持って泳いでみようかな」
男は、「体温計、持ってきたのかよ」と思い、女は「そんなに食べて呑んでじゃ、お腹が痛くなるわ、きっと」と思いながら、二人で空を仰いだ。
傘の中には、真っ赤な入道雲が、真っ赤な海の向こうからもくもくと沸き立っているのが見えた。
おわり。