煎餅をパクリ
弥生は女はよく笑う。そしてよく喋る。その口が閉じているのは寝ているときだけだろう。かつて、彼女が花も恥じらう純情可憐な乙女であったとは誰が想像できるだろうか。もっとも、女という種族はおしなべてその傾向がある。
年を重ねるつれ、特に三十という年齢の線を超えると、悲しいかな、羞恥心が欠落してしまうのだ。そして、何よりもよく食うようになる。たいてい、かわいい女を演じるよりも、自分の欲望を満たした方がいいと考えるからだ。その典型が弥生と言ってもいいだろう。
彼女のディスクの上には妙齢の美しい乙女の写真がある。痩せていて、とても美しい。ずっと気になっていた。
あるとき、「誰だい?」と聞いた。
すると、「これ、私よ。 分かるでしょ? ほんの十年前の写真よ。そんなに変わっていないでしょ?」
どっからみたって別人だ。”目の前にいるのは豚の親戚くらいにしか見えない”とは、口が裂けても言えない。
「太り始めの頃はよく悩んだけど、太ってしまえばどうってことはないわ」と言って煎餅をパクリと口に入れた。
その光景を見て開いた口がふさがらなかった。すると、彼女は何を思ったか、開いた口に煎餅を押し込んだ。
「食べてごらん。おいしいよ。これ、京都の煎餅よ」
何とも憎めない笑顔を浮かべた。