夢の取扱説明書は捨てますか?
はなまる小学校1年1組の今日の授業は特別授業。
先生は黒板にさまざまな「夢」を箇条書きしている。
「夢を選んだら、先生のもとに取扱い説明書を取りに来てください。
夢は一生かけて努力するものだからよく選ぶんですよ」
「ぼくは大工さん!」
「俺はミュージシャン!」
「わたしはお花屋さん」
「あたしは女弁護士!」
みんなすぐに決めて取扱い説明書を取りに行く。
わたしも少し悩んで、その取扱説明書を取りに行った。
「ええーー小林がその夢かよぉ」
「お前なんか、ぜったい無理に決まってる」
「そうそう、男っぽいし!」
「うるさいな! いいでしょ! 自分の夢くらい!」
男子を黙らせて席に戻ると、
取扱説明書を軽く読んでみる。
そこには、「夢」に向けて努力することがびっしりと書かれていた。
「みなさんは今日決めた夢のために努力しなければなりません。
夢を持たない人間は無価値ですし、
夢のために努力する人間こそが生きている人間ですから」
辞書ほどの厚みのある説明書を持たされて、
その日私たちの夢は完全に固定された。
特別授業をきっかけに、わたしたちのクラスは様変わりした。
「へぇ、サエちゃん、お花置くようにしたんだぁ」
「そうなの。取扱説明書に、花屋さんになるためには
小さいころから花と触れ合っていることが大事だからって」
花屋さんを夢に選んだサエちゃんは、
前まで好きだった人形遊びを捨てて花に没頭するようになり
「マルイ、ドッジボールしようぜ!」
「そんな暇あるか! 俺は社長にならなくちゃいけないんだ!」
昼休みはいつも体を動かしていたマルイ君は、
社長になるため帝王学を時間を惜しむように勉強し始めた。
わたしも夢に向かって努力しなくちゃいけない。
<****への取扱説明書>
1、多くの友人を作りましょう
2、人との交流の場を多く持ちましょう
3、相手を気遣いましょう
4、時間に自由のきく仕事につきましょう
・
・
・
「うっ……多い……」
その数なんと1000項目。
もしかして、わたしは夢を間違えたのかもしれない。
「……お母さん、話があるんだけど」
「なあに」
「わたし、夢あきらめたい」
お母さんの顔が一気に険しくなって声が尖った。
「何言ってるのよ!!! 夢をあきらめたい!?
夢をあきらめるのは負け犬のすることよ!
正しい人間は、正しく夢をもって、それに努力しているのっ!
夢をあきらめるような人間は、正しい人間じゃないわ!」
お母さんは何に怒っているのかよくわからないけど、
これ以上怒らせたくなかったのでその場はごまかした。
でも、わたしはもう夢なんか諦めてしまった。
みんなが取扱書を肌身離さず、それに従って今を過ごしている。
でも、わたしはいつのまにか取扱説明書を見なくなった。
それでいいかなと思っていたある日。
「明日は、夢テストをします。
みんながどれだけ夢に向かって努力しているか、先生に見せてください」
「う〝っ」
取扱説明書の項目を達成すれば、マークがつく。
わたしの説明書はまっさらだ。
こんなの明日先生に渡せばお母さんにも連絡がいって、
わたしが夢への努力をサボっていることがバレる。
「そうだ! 失くしたことにしよう!」
私は説明書をもって学校の屋上へ上がった。
うっかり屋上に置き忘れたことにして、
雨にでもうたれればもう使い物にならなくなるはず。
「あっ……」
でも、屋上には先客がいた。
わたしとまったく同じことをしていた男子がひとり。
「……お前も、説明書を捨てに来たのか」
「う、うん」
その男子の説明書には達成マークがびっしり埋まっていた。
この男子の夢説明書を、わたしのものとして明日提出できれば……。
明日の夢テストはきっと高得点だ。
「ねぇ、その説明書、わたしにくれない!?」
「いいよ。どうせ捨てるつもりだったし」
「捨てた後は……どうするの?
いままで夢に向かって努力していたんでしょ?」
「こんなのは夢じゃない。
俺の夢はまだ決まっていないんだ。
みんな同じタイミングで夢が決まるわけないじゃないか」
「君、明日怒られるよ……?」
「みんながおかしいんだよ。
与えられた説明書にしたがって、ただ努力しているなんて。。
あんなのは夢じゃないよ。ただのノルマじゃないか」
ノルマ。
その言葉で、わたしの中で何かがふっきれた。
びりびりっ!!
「おい! お前、なに説明書破いてるんだよ!?
そんなことしたら、それこそ明日先生になんていわれるか……!」
「なんて言われてもいいよ。
自分の夢に、指示された方法で努力したくないもん」
私たちは、翌日の夢テストに説明書をもっていかなかった。
※ ※ ※
「え? 終わり?」
「そうよ」
「お母さん、やっぱり怒られたの?」
「そうね、すごく怒られたわ。
説明書には"絶対に夢をあきらめないで"って書かれていたし、
"説明書の指示に従ってください"とも書かれていたんだもん」
「お母さんは後悔してる?」
わたしは、自信をもって娘に伝える。
「いいえ、少しも後悔なんてしてないわ。
方法も手順も説明書どおりではなかったけれど、
あの時、一緒に怒られたからこそ私の夢がかなったんだもん」
「お母さんの夢って……」
「およめさん、よ」
あの時の男子が今の夫。
夫はあのときから変わらず子供なままだけど。
作品名:夢の取扱説明書は捨てますか? 作家名:かなりえずき