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Hysteric Papillion 第14話

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……あれからどれくらい走ったかな?

たぶん、そんなに走ってはいないと思う。

でも、冴島のことで、私はずっと顔を伏せていたから、景色だってほとんど見てない。










窓の隙間から、少し潮の匂いがしたな…とちょっと顔を上げると、海がすぐそこにあったからびっくりした。

薫さんは、あの時ギュッとしてくれてからは、走っている間、何にも聞かず、言わず、触れず、ただ私をそっとしておいてくれた。

すごく…空気がやわらかかった。










着いたところは、何だか、海辺の町といった感じ。

あの家が山沿いにあったから、こんな間近で海なんて見たのは久しぶりだし。夜の海も、波の音がサラサラ聞こえて、気持ちいい…。

っと、感動しているのはここまでにして、泣き止んでから始めて私は口を開く。

「ここ…どこなんですか?」

薫さんは、少し走るスピードを緩めて、海岸線のカーブを曲がる。

「そうだなぁ…君の家から、30分くらいのところ。…もしかして、海の方、久しぶり?」

「はい」

「あと10分くらいでつくよ」

「はい」









…と素直に答えたのはいいけど、何か肝心なことを忘れているような気がする。








えーっと…。









えっと…。









何だっけ…。










「あ!!病院!!」

ハンドルをきる薫さんを見ていて、ようやく思い出した。

そうだ。

私の部屋の窓を叩き割ったせいで、薫さんの左手には切り傷が顔を見せているんだった!

病院、と叫んだ私の顔を、薫さんはちらちらと困ったような顔つきで覗いてくる。

「病院ねえ…」

「…どうして困る必要があるんですか?」

病院に行かないと、下手したらバイキンが入って何か恐ろしい病気になるかもしれないのに。

というか、平気で運転してるのはなぜ??

変に髪の毛をいじくったりしている薫さんを見つめてみると、偶然にも目があって、アハハと笑われた。

「…ほら、ほっといても大丈夫だって宥稀ちゃん。これくらいのケガ、ね?」

と、薫さんはどうしてか『病院に行きたくない』と『間接的』に言ってくる。

「人間には自己治癒能力もあるしぃ、すぐかさぶたになってきれいに跡形無く…」

「病院…行きたくないんですか?」

じとーっと見つめてみると、どうやらその通りらしい。











……薫さん、あなたは子供ですか?

そりゃあ…痛いだろうし、お金だってかかるだろうし…。










だけど…。











だけど…。











「…薫さんが病院行ってくれないのなら、私…降ります」

「え…」

薫さんは、緊急に道路のはしっこに車を止めた。

わざとボソボソッとそういうことを呟いてみた。

プラス、ちょっと涙声になるよう努力。











まさか、ここで『病院に行く』よりも『私が降りること』を望むとは思えない。











あー…これって、もしかしたらおのろけというものかとも思うけど…と、とにかく私はそう思った。












というか…。



























というか…答え、遅いです、薫さん。












まさかこのまま本当においていかれてしまうのではないかと危機感を勝手につのらせていた時、薫さんは負けました…と両手を上げた。

「これだけ苦労して君を手に入れたのに、そんなもったいないことできないもん」











…この言葉に、『KOされた』っていう気がした。

本当に、薫さんのこと好きになったんだなぁって、実感しちゃった。











病院に行くと、さすがにもうこんな時間だから、救急の方でしか相手をしてもらえなかった。

しかも、薫さんの傷を見せると、お医者さんたちは大急ぎで動きだした。

『一体何したらこうなるの?』と問いただされながらも、薫さんは、さすがに私を奪うために窓割りましたとは言えないから、酔って誤って突っ込んだと言い張っていた。

さらに、その傷に、看護婦さんもお医者さんも、注射器やテープや包帯をいろいろなところからかき集めてきて、そのオーバーな対応に薫さんはうんざりしていた。

うーん…本当、筋金入りの医者嫌いみたい。

でもやっぱり、病院連れてきてよかった。

さらに、このあとお医者さんたちは、運転して帰るときかない薫さんを説得し始めるのだけど、20分にも及ぶバトル…じゃなかった、説得は失敗したみたいで…。

結局、薫さんは縫ったばかりの左手をできるだけ使わず、右手一本でハンドルをきったりしていた。











もう外はすっかり真っ暗で、ゆうに10時は回っている。

翳り無く晴れ渡った空には、キラキラと金の砂が流れたみたいに星が瞬いてた。

「星空、きれいね?」

薫さんの柔らかい笑顔に、ついコクコクと何度も頷いてしまう。

「おなか減ったでしょ?すごく遅いけど、一緒に夕飯食べようね?」

ほんと、薫さんは、どこまでも私に優しい。

…って、これもおのろけになってるよ。

顔が崩れそうになるので、必死に向こうを向いて、頬を両手で押さえ込む。











そ、そうだ、スケジュールでも立てよう、うん、そう、そうしよう!










えーっと、薫さんの家に着いたら、荷物運んで、あ、冴島からもらったくまさんも運んで、一緒に薫さんと食事して…。











うん、食事して…。











えっと…食事したら…。











お、お風呂入ってー…。











で、お風呂入ったら、おやすみなさいで…。











おやすみなさいって…。











正直、こういうのには本当に疎い方なんだけど、これって…その…『初夜』って言うんでしょうか?











『初夜』っていうのは、字の如く『初めての夜』であって。











何するかって言ったら、古典の勉強でよく出てくるみたいなことを…その…するのであって…。












ていうかまず、

…女性同士って、どうするんだろ?













こんなことを想像してたら、何か、耳のあたりにぞわぞわした感覚が背中から湧き上がってきた。

寒くもないのに、両腕を見ると、びっしり鳥肌が立っている。

心臓の音が、自分で聞こえるくらいドクドクしてる。

たぶん、もう、アドレナリンは出っ放しだ。

「…見えてきた」

「はいっ!?」
 
声が裏返る。

薫さんは、こう、極度に固まっている私をまじまじと見てきちゃう。

「いや…だから、マンション見えてきただけなんだけど…どうかした?」

「い、いいえっ!」












まずい、かなり動揺してきた…。

今でさえ薫さんの言葉一つ一つにまでここまで動揺していたら、この後…どうなるんだろ…。