仕事に戻るきっかけ
彼女は頑張り屋で竹を割ったようなあっさりと性格である。誰もが大らかな人間だと思っている。その彼女が仕事でミスを犯した。周りからみると、たいしたことではないように見えたが、彼女はとても大きなミスを犯したと思って意気消沈した。いつもと同じように微笑んでいたが。恋人に慰めてほしかった。もっと寄り添ってほしかった。が、その恋人が、こともあろうに「別れよう」と言った。
どうして、「お前は俺が居なくとも一人で生きていけるから」と言った。
「他に好きな人ができたの?」
彼は照れ臭そうに「そうだよ」と微笑んだ。
その瞬間、彼女の中で何かが音を立てて崩れた。必至の思いで自分を支えて、「分かった」と答えた。
彼に女らしくないと言われたことを思い出した。彼が求めていたのは女らしい女だということにも気づいたが、今さらどうすることもできなかった。
翌日、妙に頭が痛かった。それにかこつけて会社を休んだ。次の日もそうだった。そして、その次の日も。休みを重ねていくうちに会社に行くのが億劫になった。やがて、彼女は1か月近くも会社を休み、自宅から出ようとしなかった。
ふと、ある日、窓の外を眺めていたら、とても澄んだ青空であることに気づいた。同時にこんなに天気のいい日に部屋に閉じこもっているのがもったいないとも思った。
外に出た。
街は人でいっぱいだった。
たった一か月、外に出なかっただけなのに、街が新鮮に映った。きょろきょろとあたりを見回しながら歩いていたら、躓いて転びそうになった。そのとき、「大丈夫?」と老婆が声をかけてくれた。
こんな自分にも心配してくれる人がいた。
「気をつけないと」と微笑んでくれた。
そのとき、彼女はまた仕事に戻ろうと思った。