小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

Hysteric Papillion 第13話

INDEX|1ページ/1ページ|

 
いかにも、門を無断で通り抜けて、堂々と中に入りました!といったような態度をしていた車が、薫さんの車だった。    

家の玄関前の道路に、堂々と斜め停め…。    

真っ赤なボディは少しラメっていうのが入ってるのか、キラキラと輝いている。   

「さあ、乗ってちょうだい」    

ハイヤーと違って、2ドアのこの赤い車の助手席のドアをわざわざ開けてくれて、薫さんは私の体を押し込むように座らせた。    

いつもと違って、頭が天井に近いけど、吸い込む空気が薫さんの匂いをしていた。    









不思議と落ち着く。    









何度か息を吸っていると、隣に乗り込んだ薫さんが『変』といったような顔でこちらを見てきたので、顔をリンゴにしてバツの悪さゆえに顔を背ける。    

でも、それさえも可愛いって感じてるらしいのが、薫さんらしいんだけど…。   

「じゃあ、車出すよ。シートベルト、つけてね」    

キーが差し込まれると、ガガガガッと、車の大きさの割りに大きく車体が揺れて、後ろのほうからものすごい音がし始めた。

こんないわゆるスポーツカーっぽい物に乗るなんていう体験は、初めてだ。    

2人ともシートベルトを着用したことを確かめると、薫さんはペダルを踏んで、何か左のレバーみたいなやつをガチャガチャッとして、車を発進させた。    

私は隣を流れていくこの意味もなく大きな豪邸の風景を頭にとどめようとはしていなかった。  

その様子に気付いた薫さんが、尋ねてくる。   

「見納めでしょう、いいの?」   

「ええ…別にいいんです」    










そう、忘れられたほうがよっぽどいい。










別にたいしていい思い出なんて残ってないし…。    










そう思った時、不意に3階の自分の部屋だったところから人影が除いているのが見えて、私はハッと振り返った。   

「あ…」    

私の部屋のバルコニーに、私が一番慕っていたはず人間の姿が見えて、思わず窓を開け、顔を出した。    

風が強くて、髪が乱れて、何度も髪をかきあげながら、視界に映るようにする。   









「後ろの荷物…わかる?」    









私の様子を見て、薫さんは少しだけスピードを緩めてくれていた。    

後ろの座席には、私の服やカバン、靴に勉強道具…しかも、服は私がいやだと言っていたものはすべて省かれて、きれいに畳まれてかごの中に入って いた。

その隣には、私の体くらいある大きなかわいいくまのぬいぐるみが、でんと座っていた。

「あのくまね、彼から君へのプレゼントだって。自由になったお祝いにって…」

「え…」

「荷物準備してくれたの、彼なんだよ。君が気に入らないものは置いていかないとって、全部一つ一つ確かめながら、積み込んでくれて」

「だって…そんなこと、一言も…」  

だんだん、姿が小さくなっていく。  

もうここくらいでしか、表情なんて見えないのに、目の前がぼやけてきて、どうしようもなく…苦しくて…。

「全部ね…私と彼とで打ち合わせてしたことなのよ。君のことをよろしくお願いしますって何度も頭下げてられて、どうしようかって思ったくらい…」

「一言も、何も…」

「冴島くんからのメッセージ。『どうかお元気で。きっとすぐに会うことが出来るはずだけど、その時にはもっと素敵になったお嬢様を見たいと思います。あなたは、ハメをはずしすぎるととんでもないことになるから、それだけが心配です。何事もほどほどでやめることが大切なこともあるということを忘れないでください。それから…』」

「……」

「『今まであんなに無力だった自分を慕ってくれて、うれしかった』」

「……っ…そ…」  

もう、バルコニー自体がほとんど見えなくなってしまっていた。  









冴島の姿も、見えなくなっていた。  








冴島がこんなこと言うなんて、嘘だ。  








冴島は、私のこと、何もわかってなくて、わたしが何を願っているのか、わかってなくて…。  









いつもお嬢様、お嬢様って口うるさいだけで、淑女としての生き方を教えるだけで。  









どうしようもないくらい…大好きで…。










何もわかってなかったのは…私じゃない…。










「嘘だ…私…謝ってないよ…」

「宥稀ちゃん…」

「ひどいこと、言っちゃったんだよ…大嫌いだって、言っちゃったんだよ…わかってたら、あんなこと言わなかったのに…」  

ウインカーをチカチカさせて、薫さんは、路上に車を停めて、泣きじゃくる私の体を抱きしめてくれた。

「どうして、あんなこと…言っちゃったのかな…嫌いなんて、本当は思ってなかったのに…」  

薫さんの胸の中は、あったかくて、自分の中に押さえ込んでいた気持ちが、一気に沸騰してあふれ出てくるみたいで。

「私…ごめんなさいって、言わなかったんだよ…冴島のこと、本当は…本当は…」

「わかってるから…宥稀ちゃんが冴島くんのこと大好きだっていうこと、わかってるから…きっと、冴島くんも、わかってるはずだから…」

「っ…ごめんね…ごめんなさいっ…私…私…」  

これが一生涯の別れなんていうはずがないのは、誰の目にも明らかだった。  

高校だって変わらないだろうし、友人関係も変わらない。  

冴島とだって、もしかしたら明日には会えるかもしれない。  

それでも、私は涙を止めることは出来なかった。  










大切な人を、傷つけたという事実は変わらない。  










誰かを傷つけてまでして、自由になったということは、変わらない。    










『必ず幸せにならなければいけませんよ』  











後ろに座っていたくまが、そう囁きかけてくれたような気がした。  











くまは、冴島の声をしていた。