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私の胸の中の原油

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卒業式の日に、彼が私の前から姿を消して、もう一年が経つ。

 正直、今でも意味がよく分からない。だからあの時、私の手を握る彼に、「はあ、そうですか」などと気のない言葉しか返してあげることができなかった。去り際に、彼が少し複雑な表情をしていたのを何となく思い出す。

 誤解のないように申し上げれば、彼と私は別に恋人同士だったわけではない。ましてや将来を誓い合った仲というわけでも決してない。単に家が隣同士という、絵に描いたような幼なじみの間柄だ。

 そりゃあ、小学校を卒業するぐらいの年頃になって、少しでも意識しなかったか、と問われれば嘘になる。向こうもきっとそうだったんじゃないかとも思う。けれど、別の中学に進学した彼は、ちゃっかり彼女なんか作って楽しくやっていたようだし、私は私で彼とは別の男子から告白されて、何となく付き合って、卒業を期に何となく自然消滅して、なんていうどこにでもあるような可愛らしい中学生同士の彼氏彼女ごっこを経たりもした。聞いた話では、彼のほうでも同じようなことをやっていたらしい。

 一緒に受験勉強をしていたら、うっかり同じ高校に入学してしまって、また机を一緒に並べるようになった。男女含めた仲良しグループでよく一緒に遊びに行ったけど、彼と私はそういう雰囲気には一度もならなかった。
 むしろ意識していたのは周囲のほうだ。私は知っている。仲良しグループの中の女子の一人が、彼のことを好きだったのを。けれどその女子は、どうも私のことを意識して彼に告白することができなかったらしい。はっきりと話したことがあるわけではないけれど、それくらいは雰囲気で分かる。
 遠慮することなんてないのに、と私のほうから言うのは簡単だった。でも、何で私が上から目線なの。そう考えると何も言い出せなくて、結局仲良しグループは仲良しグループのまま、まるで核兵器の相互保証のようになあなあな関係を維持したまま卒業の日を迎えた。
 
 そして、何の前触れもなく、何の心の準備もさせてもらえないまま。
 彼は私に言ったのだ。

「俺、迎えに来るから」

 なんだそれ。と思う。
 馬鹿じゃないの。とも思う。

 私たちの関係って、そういうんじゃなかったじゃない。
 男女の関係ではもちろんないけれど、兄妹・姉弟とも違う、けれど誰よりも親しい。
 二次曲線とXY軸のように、どこまで行っても決して交わることのない、二本のライン。
 そういうものでしょう。そういうものだと思っていたんだよ。私は。

 この一年で彼に言いたいことが山ほど積み重なってしまって、そのうち圧縮された原油となって、きっと口から出てくるだろう。どろどろに煮詰まった心中も、もう限界だ。もう知るか、あんな奴。そう思っていたのだけれど。
 
 ……私の手の中に、一枚の絵はがきがある。
 
 裏面には、どこだか知らないけれど砂漠の写真。たぶん鳥取砂丘ではない。表面に押された消印と切手がどこの国のものかも分からない事を見れば、それは明らかだ。
 
 そして、数行しか書かれていない、ぶっきらぼうな文字列を見て。

 私は私の瞳から原油ではなく、何か透明な液体が流れ落ちていることに気がついた。

 透明だったから、きっと灯油なんじゃないかと思う。現に、ボールペンらしきもので書かれた絵はがきの文字は、にじんで読めなくなってしまった。原油を精製するなんて、私も意外と高機能だ。

 さあ、こちらの番だ。不幸にも灯油がこぼれて絵はがきの住所が読めなくなってしまったので、彼がどこにいるのかはこれから探し当てなければならないだろう。けれど、私はきっと止まらない。胸の中の原油に火を付けてしまった彼には、きっちりと責任をとってもらわなければ。
作品名:私の胸の中の原油 作家名:TAG