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靴ベラジカ
靴ベラジカ
novelistID. 55040
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日常の話

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焦げくさい悪臭がそこらじゅうに散る中、無機質でつっけんどんなアルミサッシから低めの日が差し込む朝。
 ベッドを飛び起きる高校二年生・山田太郎の、何の変わり映えもない日常は羽毛布団の上から始まる。
 何の変哲もない詰襟に着替え、何の変哲もバッヂ飾りも無い学生鞄を背負い、何の面白みも無い自室を出て、リビングからいつも通り腐臭を漂わせピクリとも動かない「両親だった」屑肉を横目に、今日も彼は何の面白みも無い学校へ向かうのだ。 太郎は両親の死体に何一つ感慨を受ける事はない。 彼には何の変化もない日常でしかないからである。
 何処にでも売っている安物の食パンに有触れたイチゴのジャムを塗りたくり、太郎は何時も通りの朝食を手早く口にしながら特に大きくも小さくも無い画面のテレビを点ける。 目立ったもののない朝のニュース番組は今朝未明にありがちな爆破テロ事件が起きた事をごく普通に伝えてくる。 太郎にとっては何の興味もそそらない番組だったので、彼は適当なところでリモコンの電源スイッチをオフにした。 いつもの場所の鍵を取り、この賃貸マンション唯一の住民である男子高校生は玄関で二流ブランドの珍しくとも何ともない運動靴を履いて、つまらない日常の掃き溜めを後にした。

 いつもの横断歩道でセーラー服と思しき少女が普通乗用車に轢かれる様を何の興味も無く横目に、太郎は普段通りの時間にバス停に辿り着き、丁度やって来た学校正門行きのバスに今まで通りに乗った。 彼は毎日毎日ガスマスクを着けている車掌に学生証を見せ付け、がらんどうの車内の最前列にあるお決まりの席に座る流れ作業を何ら変わりない調子で片付けた。 車窓からは何時も通り黒煙を吹く廃墟やきな臭いデモ隊がスーパーマーケット、あるいはそこのスーパー店員目掛け火炎瓶を投げつける様子が見えるが、やはり太郎にとってはいつも通りの些細な事なので、直ぐに目を逸らし手持無沙汰な両手で平均的な値段と機能のスマートフォンを弄り始める。 彼にとっては特に何の変わりも無い車内。 太郎は以前に変化を求めて適当に作ったソーシャルネットワークシステムのアカウントにログインしたが、特に更新すべき真新しいイベントも無い事を思い出してすぐにログアウトした。
 彼を乗せた塗装の剥げかかった路線バスの車両は一つ目の崩壊したバス停、目の前にあった家が爆発炎上している二つ目のバス停を通過し、そして自宅以上に硝煙の臭いが強い三つ目のバス停に停まる。 小銃や対戦車砲を装備した兵隊四人が、周囲の安全確認をしながら太郎の乗るバスに近付くも、その内一人は手榴弾の直撃を受けて即死。 新たな乗客は三人になっていた。 滞りなく抱えた銃火器の安全装置をセーフティ位置に戻しバス料金を払う兵士達に、取り立てて関心を抱く事も無く太郎は再びスマートフォンを弄り、いつもの時間割アプリケーションを確認する。 先週と同じで変更のない授業内容。 太郎がつまらなさそうにスマートフォンにロックをかけようとした途端、車両のガラスがびりびりと戦慄き、彼の座る席にほど近い窓の外をロケットランチャーの瑠弾が掠め、路線バスの後続車両に直撃、猛烈な爆風と共にファミリー向けバンの運転手を粉微塵にした。
 特に忘れ物も無い学生鞄のファスナーを閉じ、近隣に凄まじいゴミ屋敷が立ち並ぶ四つ目のバス停を無関心に通過し、市街戦の最前線と化し銃弾が飛び交う五つ目のバス停で先の兵士三人が降りていくのを背に、太郎は漸く、いや不本意ながらも、退屈な授業とつまらないクラスメイトが待つ学校前の停留所でバスを降りた。 車掌が何らかの発作を起こしたのか、背後でつい先ほどまで乗っていたバスが商店街に異常なスピードで爆走した後老舗店に激突していたが、別につまらない授業に変化がある訳でも無し、太郎は無視して校舎に入る。

 不良達に粉砕され無残な姿を晒す窓ガラスの残骸。 今まで虐め抜いて来た生徒の反撃に遭ったのか、如何にもステレオタイプの金髪、ピアス、校則違反の制服姿をした学生が下駄箱に凭れて数人死んでいる。
 不良死体の一人が太郎の下駄箱に汚らしく鮮血をへばり付かせて倒れていたので、太郎は適当に死体を退け運動靴からありがちな上履きに履き替え、どうにも邪魔だったので力任せに死んでいる不良を壁際に引き摺り動かす事にした。 特に珍しくも無い朝のひと仕事を適当に捌き、ねっとりと愛撫しながら相手の女子生徒から下品なショーツを脱がしている男子生徒をどうでもよさそうにスルーし、目の前で居座っている邪魔な不良をルーチンワークで殴り飛ばしながら、異様に立てつけの悪い教室の扉をこじ開けた。 席は両手で数えるほども無い。 太郎は死んだ蛙の様に生気の無く特徴もない大人しそうなクラスメイトに目をやる事も無く、変わったアプリケーションが碌にインストールされていないどころか電話番号一つ登録されていない、個人情報として何一つ価値のなさそうなスマートフォンの電源を切る。 予算が無い為まともにメンテナンスがなされていないチャイム装置からガビガビの「ウェストミンスターの鐘」が響く。 数十秒ほど予定時間から遅れているが、学校生活に何の意味も見出さない彼にとっては、チャイムが数十秒、いや数分単位でずれたとて全く持ってどうでもいい事であった。

 碌に身繕いもしなかったであろうぐしゃぐしゃなワイシャツと髪型をした、だらしない、太郎のクラスの担任が立てつけの悪い引き戸を乱暴に抉じ開ける。 今日は転校生の女子が来る予定だったが通学中に事故に遭い、そのまま亡くなったと事務的に担任は太郎含めた自らの生徒達に伝えた。 正直、転校生が来ようが死のうが太郎にとってはどうでもいい。 辛うじてフレームは形を保っている窓だった部位からは汚らしい紫の煙を孕んだ有害な空が剥き出しになっており、無感情な男子高校生に今日も何も変わった事は起こりはしないと、生徒達に碌な愛情も持たず、体調を悪くして机に突っ伏すクラスメイトを放置している彼の担任以上に、人生の無常なまでの下らなさを説いている様であった。

 ああ、今日も退屈な授業が続く。
目に付くものも無く冷徹にノートを取る高校二年生・山田太郎の何の変わり映えも無い日常は、「今日も何の変わり映えも無いように」非日常を蹴散らしながら続くのであった。
作品名:日常の話 作家名:靴ベラジカ