枯葉三枚分の時間
時計は午前七時を五分ほど回っていた。ベッドから半身を起こした状態で、左手側にある窓の外を見る。早朝なので人通りはそれほど多くはない。よく見ると、通行人の手には大抵手袋が嵌められている。襟元にマフラーを巻いている人もちらほら見られた。昨日の天気予報で言っていたように、今日から本格的に冬の気候へ移り変わるようだ。
その寒さに加え、今日は風も強い。時折、ひゅう、という風の音に合わせて、すぐ目の前にある銀杏の木が、四方に伸びた枝をかさかさと揺らすのだった。そして風が吹くたび、残り少ない銀杏の葉が、ひらひらと街の彼方へ消えていく。その行方を追う。見えるのは無機質なビルの群。
「おはよう」
ドアの開く音。そして彼女の声。
僕が彼女と付き合いだしたのは、半年ほど前のことだ。出会った場所は、僕の自宅近くにある総合病院。彼女はそこで看護師として働いていた。入院を余議なくされ、不安に押しつぶされそうになる僕を、彼女は屈託のない笑顔で励まし続けてくれた。そんな彼女に好意を抱くのに時間はかからなかった。猛アタックの末、私たちは晴れて恋人同士となった。
「どうしたの? ぼんやりと窓の外を見て」
僕は窓の外を見たまま、ゆっくりと口を開いた。
「今日はとても寒そうだ。ほら、あの人を見てよ。コートにマフラーに手袋。完全装備だ」
「あら、本当」
「それに風も強い。さっきから銀杏の木が踊り乱れている。葉っぱも、ほとんど風にさらわれてしまったね。残ったのは……」
一番太い枝にくっついている三枚だけ。
「なあ、あの葉っぱなんだけどさ」
「葉っぱがどうかしたの?」
「あの銀杏の葉っぱが全部散っても……、俺、こうやって君の隣にいることができるのかな」
僕の唐突な質問に首を傾げる彼女。
「なにを言っているの?」
ゆっくりと彼女の方へ視線を移す。
「ごめん。戸惑うのも無理ないよな、いきなりこんなこと言われたら、その反応も当然だ。でも、なんだか不安なんだ。俺に残された時間は、もう長くはない」
「……またくだらないことを考えて……」
彼女はふっと溜め息をついた。彼女の表情は困惑に満ちていて、どのような言葉をかければいいのか決めかねているようであった。
風の吹きすさぶ音。三枚の内の一枚が風に飛ばされていく。
「残りはあと二枚、か」窓の外に目をやりながら「もしも、まだ可能性が残されているなら、僕はそれに賭けてみようと思う。残りの葉っぱが全て散って、僕がまだ君のそばに居ることができるのならば、君を愛していると、心の底から叫びたい」
彼女の瞳を窓ガラス越しに見つめる。僕の心を掴んで離さない、透き通るように綺麗な瞳。
「でも、その賭けは……」
その瞳が妖しく笑った。彼女はこちらに近づき、両手を僕の首に伸ばす。そして――
「あなたの負けみたいね――」
「いってきまーす」
駄々をこねても仕方ない。さっさと会社に行きますか。
アパートのドアを開けると、彼女の結んだネクタイが風になびいた。