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Hysteric Papillion 第11話

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カシャン…   









パリパリ…   









カチャン… キィ… 









ガララララ…  











『…何か音がしなかったか?』  

『あ…空き巣でしょうか?』  

『とりあえず、上に…』      











…妙に、騒がしい。   











一応、私は起きた。

でも、私自身は、まだ自分の意識の奥底にいた。

どうやら、あのまま泣きながら眠っていたみたいで、まぶたが張り付いて、痛い。   

うすぼんやりとした意識のまま、私は体を起こしたが、少し肌寒い。

よく見たら、レースのカーテンがバタバタと音を上げて、私の目の前で空を切って、舞っていた。

リーンリーンという鈴虫の声が夜の色の外から響いているのに気付いたのは、肌寒さに少し意識を取り戻してからだった。   











あれ…変だな。











確か、意識あるうちに窓は閉めちゃったはずなんだけど…。   











「おはよう」   











その聞き覚えのある声に、ぼんやりとした頭の中の霧は晴れてしまった。   

聞き間違いでも、見間違いでも、夢でも、嘘でも、何でもなくて。   











薫さんが、私の隣で微笑んでいる。   

あのときみたいな悲しい微笑みじゃなくて。

ブティックを回ったり、私にしきりにキスを求めてきていたときのちょっとしまりのないというか、にやけてるというか…。

あー、その、ちょっと失礼だけど、私の好きなほうの笑顔で寝起きを迎えてくれていた。

「どうして…ここが…」   

というか、3階まで、どうやって上がってきたっていうんだろう?  

「はしご使えば、すぐじゃない?」   

私の顔に、『3階まで来た方法は?』というのが出ていたのか、案外さらりと答えてくれた。   

起きたばかりでまだフラフラするのも承知で立ち上がる。

だけど、結局足がもつれて、薫さんの腕にしがみつく形になり、そのまま私のすぐそばに倒れこむようにベッドにばたんと音を立てて、スプリングを揺らした。   

辺りを見てみると、窓の鍵のすぐそばの窓ガラスにべっとりとガムテープが張られ、握りこぶしが突っ込めそうなくらいのトゲトゲした穴が開いている。

うっすらと赤い色がこぼれている。

「まさか…薫さん!?」   

薫さんが笑顔を振りまくのを振り払って、無理やり両手を掴み取る。   

最初に利き腕である右手を見たけど、そちらには何もなかった。   

ケガをしていたのは、私のしがみついていた左手だった。

手をグーにして殴ったのか、第3関節の部分にすうっと3箇所ほど切り傷が浮かんでいる。

なのに、薫さんは痛そうな顔一つしていない。  

「血が…血が出てる…、どうしたらいいのかな、とにかく止血しないと…」   

「たいしたことないって。ちゃんとガムテープしたし」   

あせって枕元にあったタオルを持ってあたふたしちゃう。   

でも、当の薫さんなんて、私がひとりで突っ走っているのを見ながら、きょとんとした態度をとっていたかと思うと、急に笑い出した。  

「あはは…大丈夫大丈夫。そんなに焦ること無いよ。こっちは利き腕じゃないし」  

「だってそんな、絶対に痛いじゃないですか、ケガですよ、ケガ!」  

応急処置として、強くタオルで傷口を縛り上げると、これでよし、と私は勝手に自己完結させて一人で納得していた。   

薫さんは、私の応急処置のあとをまじまじと見ながら、微笑みとため息混じりにつぶやいた。  

「ありがとう」  

「だって…そんなケガされてたら…。でも、どうしてここに、いいえ、ここがわかったんですか?」  

「君、自分の叔父さんは、司原エンタープライズの社長だって言ってたでしょ?それだけ聞き出せれば、これだけ大きな家、すぐにわかるよ」   










そうか、そうだよね。   

あれだけベラベラしゃべっていたら、いやでも家なんてわかるか。  

「でも、本当に大きな家ね」

そう言いながら、何気なく私の体を自分のほうに引き寄せてきて、よしよしと髪をなでなでしてくる。   

ちょっとこぶしが上がり、こめかみに怒りマークが出そうだったけど…いくら私にだって、ケガしている相手を殴る、そんな一方的ないじめ趣味は、さすがに、ない。   

それに、薫さんの撫で方は悪くない、というよりも、むしろすごく気持ちいいくらいだったから、目を閉じて、甘えるようにひざのところに横になってみた。   

薫さんは髪を撫でて、少し変わって頬を撫でたりする以外、それ以上どこにも触れずに、やさしいタッチで体温だけを感じさせてくれる。

気持ちよくて、気分は、晴れた日の縁側でおばあさんのひざの上に寝転んでひなたぼっこをするネコだった。

ほら、あの、喉をゴロゴロされてご機嫌な。   

でも、そう言ったら、例のごとく、薫さんに『私がおばあさんだって言いたいの?』と本気で突っ込んでこられてしまったため、失言だったな…とちょっと舌を出した。   

そのとき、薫さんの目つきが変わった…気がした。










…やっぱり私って、頭悪いかもしれない。   

ペロッと舌を出した瞬間、『それを見逃すか!!』といったような表情で、すぐさっきまでピキッとキていたはずの薫さんの顔がズーム、さらにそれがアップを繰り返して。

私の舌を口の中に押し込むように唇を重ねて、肩を抱き込んで…。   

あれだけ隙を見せたらいけないと、連れ回される中散々思い知らされたくせに、どうして私には学習能力がないんだろ…。  

「目…閉じようね」   

そっと唇を横にずらして、薫さんがつぶやく。  

こりゃあ、もう私も脳みそ溶けてるかな…。   

素直に薫さんの催眠術にかかって、目を閉じて、ゴクンッと息を飲んだ。次に来るべきものに備えるために…。   

私の覚悟のようなものを悟った薫さんは、ちょっとだけ声を出して笑い、すぐに唇の位置を元に戻した。   

唇を割って舌先が入り込んでくる。   

だけど、それは全然いやらしい感触でも、行為でもなくて、むしろ私はこうされることを求めていた気がする。   

変に体がピクピクして、じんと下半身から指先が痛くなってくる、妙な快感。   

くちゅっ…と舌が絡み、唾液が口中で混ざり合う気持ちいい音。   

抱きしめられる腕に力が入る。

2人の間を行き来する唾液が信じられないくらい甘い味に感じること自体がもう、私の心に住み着いたのは誰なのかを、しっかりと表していた。   










もう、認めなくてはいけない。










私は―――。










迷わずに、薫さんの背中に手を回した、そのときだった。











ガターン!!  











「……宥稀ッ!?」  

「キャアッ!?」   

2人だけの聖域は、こんなセンスも何もないけたたましい声で、見事に砕け散ってしまった。