この生活はいつまで?
「1億!? うちにそんな金あるわけないでしょ!
母の手術のために強盗でもしろっていうんですか!?」
「しかし……この病気は未知のもので保険はききませんし、
これでもなんとか負担を軽減したんですよ」
「……わかりました。なんとか用意してみせます」
病院を出ると金の作り方を考える。
臓器でも売るか、薬の実験台にでもなるか。
いっそ、大富豪になんとか頼み込んで……
「あのっ」
振り返ると、医者が走ってきていた。
「1億、用意するんですよね」
「あなたがそう言ったんでしょ」
「私にアテがあります」
医者は紙を差し出した。
紙に書かれていた場所は、別の病院だった。
「うわぁ……」
臓器を売られたあげくに薬の実験台にされるのか。
それだけじゃないかもしれない。
けど、1億円をかせぐためなら何でもやる。
「ようこそ、日常病院へ」
「日常……病院?」
病院とは言っているけど、中は会社に近かった。
患者らしき人が仕事をしている。
「ここでは、こちらで用意した日常を送ってもらいます」
「精神実験、みたいなものですか。
本当に1億円かせげるんですよね」
「ええ、もちろん。
ここでならすぐ稼げますよ」
俺はその日のうちに日常病院へ入院を決めた。
入院費はゼロで食事つき、さらにはお金までもらえる。
まさに最高の環境だ。
「午後8時なりました。夕食の時間です」
部屋にはいつも決まった時間に、同じ食事が運ばれる。
「あの、メニューとかないんですか?
さすがに毎日同じだと飽きますし……」
「これ以外の食事はありません。
安心してください、栄養面は完璧です」
「あっ、でも今日はおなか減っていないから遠りょ……」
「ダメです。どんな時でも食べてください。
こちらで指定した日常を崩せば、通院できなくなります」
くそっ。ここは従うしかない。
とっくに食べ飽きた食事を、しかたなく流しこむ。
それからしばらくして。
食事に飽きたとかそういうものはもうなくなった。
毎日同じことを同じ時間に同じ量こなしていく。
そんな日常が続く。
「11時になりました。寝てください」
布団に入ると簡素な天井を見つめる。
明日もきっと今日と同じことが続く。明後日も、しあさっても。
1億たまるまで、俺は正気を保てるのだろうか。
「……ん?」
天井になにか書かれている。
< 日常ボーナス >
・小事件 …1週間
・中事件 …1ヶ月
・大事件 …1年
「なんだこれ」
1週間とかの日付が書かれている。
この病院で過ごした日数だろうか。
「小事件……」
翌日、変化が起きた。
「大変だ! 2階の配水管が壊れて水びたしだ!」
水は俺の仕事場まで流れてきていったん仕事は中断した。
いつも同じことばかりの日常なので、
こんなふうなイベントが起きることが楽しくてしょうがない。
トイレの水はそれからすぐに止められて事態は収拾した。
「あーー面白かった。たいしたことじゃなくても、
昨日と違う今日がこんなにも面白いなんて」
"小事件 購入ありがとうございました"
いきなり頭の中に声が流れ込んできた。
小事件……まさか、このトイレの事件が小事件?
「そうか、ここの通院日数を消費することでイベントが起こせるのか」
通院日数なので、給料が減ったりすることはない。
だったらこれを使わない手はないだろう。
起きて、仕事して、寝る。
起きて、仕事して、寝る。
起きて、仕事して、寝る。
起きて、仕事して、寝る。
起きて、仕事して、寝る。
起きて、仕事して、寝る。
起きて、仕事して、寝る。
起きて、仕事して、寝る。
起きて、仕事して、寝る。
起きて、仕事して、寝る。
起きて、仕事して、寝る。
起きて、仕事して、寝る。
起きて、仕事して、寝る。起きて、仕事して、寝る。起きて、仕事して、寝る。起きて、仕事して、寝る。起きて、仕事して、寝る。
起きて、仕事して、寝る。起きて、仕事して、寝る。起きて、仕事して、寝る。起きて、仕事して、寝る。起きて、仕事して、寝る。
起きて、仕事して、寝る。起きて、仕事して、寝る。起きて、仕事して、寝る。起きて、仕事して、寝る。起きて、仕事して、寝る。
どれだけ過ぎたかわからない。
今が何月何日何曜日かも忘れた。
寝て目が覚めたら昨日のリプレイを行う。
どうしてここに来たんだっけ。
俺はなんでこんな仕事してるんだっけ。
なんで俺は生きているんだっけ。
もうすべて忘れた。
"通院日数が1年を超えました"
「そうだった……俺は大事件のために、日数を貯めていたんだ!」
もう通院日数は軽く1年を過ぎている。
印象的な大事件が起きれば、
こんな変わり映えしない日常もふっとぶに違いない。
「大事件を! 大事件をお願いします!!
俺の日常がふっとぶような! 大きな事件を!!」
"大事件 購入ありがとうございました"
地震が来るか!?
台風が来るか!?
宇宙人が攻めてくるか!?
なんでもいい、この日常に潤いを与えてくれ。
「……あれ?」
なにも起きなかった。
いつもと同じ日常が流れていく。
「ふざけんな! なんのために1年過ごしたと思ってるんだ!」
そこに一本の電話が入った。
『ただいま、あなたのお母様が亡くなられました』
頭が真っ白になった。
しんだ……死んだ……シンだ。
『お気の毒です。心中お察しいたします』
「そうですね。本当に残念です」
言いながら、俺は顔がニヤけるのを止められない。
葬式、火葬、お悔やみ報告……。
いったいこの先どれだけのイベントがあるのだろう。。
「本当に残念です」
楽しみすぎる。
やっと自分の日常が壊れたんだ。
作品名:この生活はいつまで? 作家名:かなりえずき