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熾(おき)
熾(おき)
novelistID. 55931
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月のあなた 下(4/4)

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☽ 古の月(齢不明) 五



 美濃人たちは負けた。

 物量も技術力も、圧倒的という言葉さえ可笑しくなるような、戦力差だった。
 降伏するしか無かった。

 わたしは刑期を終えたことを告げられ、また船に乗り込む。船では早速、精神接続端子でもある〈アイ〉が待っていた。
 わたしがこの星に来たときのように、わたしは〈アイ〉の中に身を横たえる。船の出口が閉じるときには、その前で泣いている人たちが誰なのか忘れようとしていた。

 だが船が完全に青い空から離れる間際に、キズナとの接続が断てた。

 どうして、そんなことが出来たのか分からない。
 ただ、誰かの声が聞こえたのだ。
 やってもいないのに、諦めるなと。
 その人は、云った通り、やってくれた。
 わたしは、その帰って来るのを待っていたんだ。
 やっと見つけた、本当の宝物をくれる人。
 信じていたんだ。
 わたしだけは。
 なのにこんなところで、前と同じに戻ってどうするんだ――。

 そのことを思い出した瞬間、明かりが点滅して点くように、途切れかけていた意識が、自我を取り戻していた。
 そして次の瞬間、この身体は、この心と一つに。
 この脳は、その想いと一つに。
 統合体(ぜん)から分かたれて、一(いつ)が生まれた。

「どのようにやったかは知らんが…天衣(アイ)を脱いで投降せよ。極刑を授かるぞ」

 また影が言う。

「かまいません。こころを失って生きるくらいなら、自由に死にます」

 脇を見れば、青い膜を纏う地平線が見えた。高度は三万尺ほどか。

「わからん。お前は見たはずではなかったか。低次進化の途中にあるものたちが、どれだけ愚かに生きているか――学習せよカムルミ。学習して唯一無二の真実に帰依せよ。そしてキズナにつながれ」
「く…あははは」
「何故笑う」
「わたしがあれだけのことを学んでいる間に、あなたは全く変わらないことを言うからです」
「最適解だからだ」
「ではわたしも変わらぬ答えを返しましょう。…進化していたら偉いんですか? 頭がよかったら他人の運命を決めて良いんですか? 感じる心をもっている生き物を支配していいんですか? それが進化っていったい誰が決めたんですか!」
「…なるほど、何も変わらんな」

 影は苦笑した。

「だがお前はもどったのだ。もう体は不死だ。それとも天衣を青の星に持ち帰り、また反乱でも起こすか」
「わたしとて、白の星に弓を引きたい訳ではありません。同様に、またあの家に戻ってあなた達という災いを呼ぶことも。ただわたしは、わたしが生まれ変わったこの大地の土になりたい」

「カムルミよ。そんなことは出来ぬ。先ほどの闘いを見たろう。お前を貫ける刃も矢も、この星のどこにもない」
「しかし鉄を溶かす程の火ならば、山の中にありまする。この星は、わたしたちのものと違い生きておりますれば」

「馬鹿な…そのような火を持ってしても、数百年はかかる…――お前、まさか」

 初めて、言い争っていた相手が、感情らしきものを見せた。

「その火は、千年の時を懸けて、無敵の羽衣を我が身からはがし、不死の我が身をひとかけらずつ焦がして天に届け、地に降らしてくれましょう」

 言って、銀色の大地に還る母船から離脱する。

「そのような事をして何になる? …やめろカムルミよ。我らが母の英知に懸けて――」

 着地点の座標を定める。

「さようなら。このようなときにも泣く事ができない、遺伝子のお父様」

 翼は、蒼い星に落ちて行く。