108家族3
全体的に色の薄い皮膚、髪、目、反対に赤色の濃い唇と頬、深い眼窩と細い鼻筋、これは父にも母にも似ていない。よく混血に間違われるが、生粋の日本人である。
僕たちを兄弟だと判ずるのはたやすいが、僕らと両親との血縁関係を探るのは難しい。しかし、僕の母親は下の二人の母親とは別の人だ。
ということは、僕らのような顔は父親の種から生ずるものである。
父親は普段から何もしていないのに子どもを泣かせ、女性に逃げられ、警察には職務質問を何度となくされている犯罪者みたいな顔立ちだが、クリーンな経歴の持ち主だ。
好きな服はピンクハウス、愛読書はファンタジー童話と絵本、好きな食べ物はケーキとマドレーヌ、趣味は刺繍、職業はお菓子職人という196センチ90キロの毛深い男である。
チンパンジーと人類だってそうそう遺伝子に違いは無いのだ。同じ人類の親子であれば、これだけの外見的違いが出ても不思議ではない。納得はしかねる。
四月中旬の土曜日、僕らは徹底的に家を掃除した。翌日はだだを捏ねる父親をキッチンへ送り出し、開店準備をさせながら、僕たちは最後のチェックをした。
敷地内の半分以上を店舗にあてている為、僕らの家は狭い。1階にパブリックスペースを詰め込み、2階は僕と弟の6畳、両親の寝室の6畳、妹の四畳半がある。こういう時は狭い家で助かる。
僕らはちりひとつ逃さなかった。今日は母親が帰宅するのだ。
妹はチェックを終えてからせっせと身繕いをしている。まっすぐな髪はもう何度とかされたのかわからない。いつものハーフアップにどのヘアアクセサリーをつけようかと真剣に悩んでいる。
「ねえミント、どれにしよう」
僕にはセンスがさっぱりないので、妹がこういう時に意見を求めるのはミントである。
ミントは年にしては小柄で、ちょこちょこと姉の側に寄っていき、吟味し、透明のプラスチックボールの中に星形のビーズを詰めたヘアゴムを差し出した。
「うん、やっぱりこれだよね」
妹は最近新調したばかりの中学校の制服を着ている。僕だって高校の制服を着ている。母に制服姿を見せるのは初めてだ。
ミントはお気に入りの一眼レフを握りしめている。
僕たちがそろそろ待ちきれなくなった頃、住居用の玄関が開いた。身体の軽いミントが飛び出した。僕もシロップも後に続く。玄関に向かうとフラッシュがまたたいた。ミントのカメラである。
「もう、ただいまくらい言わせてよね!」
母の声だ。三ヶ月ぶりに聞くだろうか。太陽を織り込んだみたいな声だと思う。フラッシュに驚きながらそれでもミントを抱き上げた。
「重くなったなあ!」
ぐりぐりと頬をくっつけ合って母は笑っている。
「お帰りなさい、お母さん」
いつになく、もじもじとした妹が声をかける。母の笑い声は歓声になる。妹の新しい制服に目を細める。
「ただいまシロップ。制服、よく似合うね」
片腕にミントを抱いたまま、もう片方の腕がシロップを抱え込む。ミントと同じようにほおずりをする。
これで彼女の両手はふさがってしまった。でも彼女は頬ずりが終わると僕を見た。
僕は心臓が兎みたいに跳ねるのを自覚した。僕らの誰にも似ていない、浅黒い肌、真っ黒なショートカット、真っ黒でアーモンド型の目、小さく尖った鼻と細い顎、ふっくらした唇がボートみたいな形になる。
「ただいま、ライム。ブレザーも格好良いよ」
目顔で促されるまま、僕はシロップとミントごと母親を抱き込んだ。僕の腕はまだ短くて、父のように三人まとめて抱きしめる事ができなかった。
でも、母の匂いがする。きゅうんとする。
「お兄ちゃん、おつとめご苦労」
しかつめらしい声に笑ってしまう。その余韻が消える間もなく、店舗のほうから胴間声が聞こえる。
「律子さあん! お帰りなさあい!」
恫喝みたいな声にこれだけハートマークを散らせるんだから父も器用なものだ。
「こら! ご近所迷惑だから怒鳴っちゃだめ! お客さんびっくりしちゃうでしょ!」
そう言って母は足音も軽く、店舗へ向かっていった。顔を見せなきゃ父は黙らないと知っているのだ。
うちの中の本当の末っ子はミントではなくこの父である。
「律子さぁん!」
「はいはい!」
ジーンズにTシャツは母の戦闘服だ。
僕の母はカメラマンである。主な活動場所は中東、アフリカ、南アメリカ、ポリネシア、時に東欧にも及ぶ。彼女の被写体は、各国の子どもたちである。