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Hysteric Papillion 第4話

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ちょっと…胸が苦しい気がした。  








「ほらほら入ろう」   

そんな湿った空気の中、薫さんは、私を一軒のブティックの中に連れ込もうとした。

あまり広くも、派手でもないお店。

ショーウィンドーには、2体の女性のマネキンが飾ってある。   

そもそも、私にとっては、こんな時間にこんな場所をうろつくのさえ初めてだった。

服なんて、いつもおばさんたちに勝手に買われて、それを着ることがまるで義務のようになっているから、こういうふうに町を歩いたことがなかったんだ。

服を着こなしたすらりとしたマネキンが、妙にきれいに見えて、ショーウィンドーに張り付いた。

よく考えれば、このようなものを見るのも、実は初めてなんじゃないかと思う。  

「面白いね、君って」   

小さく吹き出して、ふぁさっと私の髪の毛を押さえつけるように、薫さんは、頭の上に手を置いた。

私の行動で変わった薫さんの顔が、さっきよりも明るく見えて、少しほっとする。  

「そんなこと…言われても…」   

だんだんと言葉を濁した私の手を引いて、ぶ厚いガラス扉を引こうとしたとき、不意に薫さんの胸ポケットから、音楽が流れ出した。   

妙に今日は、携帯電話に縁がある日。

薫さんは、私に「ごめんね」と告げると、向こうを向いて電話に出た。

人ごみと車の音にかき消されて、ほとんど何も聞こえなかったけど、薫さんの眉が何度か小さくぴくぴくと顰められているのが見えて、何か不都合ができたんだ、って直感した。  

それは見事に当たり、薫さんは、携帯電話を手で押さえて、「少し待っててくれるかな?」とぺロッと舌を出して、申し訳なさそうな顔をした。

こくんとそれにうなずいたのを確認すると、メモとボールペンをとりだし、私にかまわずに、仕事の話に熱中し始めた。



…ということで、携帯電話で何かゴタゴタを解決している薫さんを待つことになった。








でも、世間はそう簡単にうまくは進まないもので…。








すぐ近くで、女の子の甲高い声が聞こえた。

続いて、下衆な感じの男のたむろしている声が。








どうしよう…。









ここは我慢…っ…。










だあああーっ!!










…ごめん、薫さん!!

こういうのを聞くといてもたってもいられないタチなんだ!

まるで桔平ちゃんがするのと同じように、両手を合わせて、まだ電話をかけている薫さんに小さく謝って声の方向に走った。









案の定、そこには危ない感じのシチュエーションが構えてくれていた。

今の社会は、こんなことがあっても、誰もかもが関与していないように過ぎていくという、氷のような社会。

道行く大人は、誰も振り返ってもくれていなかった。

「いーじゃん、お茶くらいさぁ?」

「いやですっ!!」

女の子3人に、ガム噛みながら近づいてくる、いかにもワケのわからん連中5人。

し、しかもこの3人、うちの中等部の子!?

これは先輩として彼女たちを救わないとっ!!

…という時に、やつらの一人が女の子の手を掴んだ!?

「ね?何もしないからさ?」

ンだと、嘘をつくなぁ!!

変なことするだけなのが目当てなのは見たらすぐでわかるんだって!!

「いい加減にしてください!」

って抵抗してじたばたしてると、連中は痺れを切らしたみたいに顔つきがにやけ顔から。

…欲望を満たすためだけの顔に変わった。

っ!?

胸倉に手がぁ!!

「…ったく、人が下手にでてみりゃあ!!」

「いやっ!!」

…こっちだっておとなしくしてたらいい気になりやがって!!

気付けば、とうっ!!と飛び出して、その男たちのリーダー格のヤツの顔面に右回し蹴りを蹴りこんでいた。

今日、もしも薫さんがいなかったら、あの痴漢もこういう目にあっていたんだぞ!

「ゲホッ…なんだこの女!!」

「うるさいっ!!うちの後輩に手を出すな!!」

「へえ、じゃあ君もお嬢様なんだぁ。一緒に遊ばない?」

まだ誘う気なの…だんだん相手にするの馬鹿らしくなってきた。

「…行こう」

3人を連れて、その場を離れる。

でも、どうやら話は完結してないみたい。

「はっ、シカトかよ」

「男は怖いって、じいやから習わなかったのかなぁ?!」











…油断してました。







後ろにいたとは…。







いきなり、真後ろから羽交い絞めにされて、ひざが崩れた。







それで、軽く頬に一回。







今まで連戦連勝だったのに…。







もちろん、こんなこと、本日初体験です。







…あんまりうれしくない初体験です。







もちろん、その結果は…。







「…待てえ!!」

これでもケンカだけは強いんだから!!

少し傷つけられてなおハッスルしちゃったみたいで、普通よりもコブシと蹴りに力が入った気がした。













結果、圧勝。

警察が来る前にヤツらが退散したから、決定的なところまでは行かなかったけど、とにかくこの3人の子だけが助けられてよかったかな?

3人は、塾の帰りだったらしい。

ただ、『先輩、ありがとうございましたぁ…』なんていう風に、目をキラキラさせてこられると…。









「強いんだ?」

か、薫さん!?

いつの間にか後ろにいた薫さん、ニコニコ笑ってる。

ちょっとまだ苦しい気がしないでもないけど、大丈夫…。   

「あの時助ける必要、なかったかな?」

「え…あ、あの…」

しゃべっていたら、口の中が変な気がした。

ペロッと唇の端を舐めると、塩辛い味。

薫さんは、やんわりした仕草でハンカチを取り上げて、唇の端を押さえてくれる。

「痛い?」

「ちょっとだけ…」

「ちょっと、か。よかった」

まるで自分のことのように、薫さんは大きく息を吐く。

「次に会ったら、私、君を殴ったヤツラを、きっと殺しちゃう…」

ま、また物騒なことを…たいしたケガじゃないし、こっちからケンカ売ったのもあるし…。

でも、こう言う時の薫さんは、どこか怖くて、何も言えなくなる…。

そして、肩と、スカートの端の方にドロのついた跡が点々と残っているのを見つけると、それをめくりあげて、まじまじと見つめながら、  

「それに、早くしないと、こっちもしみになってお嬢様が台無し。急ぎましょう」  

「まだ行くとも言ってないでしょう!!」  

「いいからいいから、お姉さんに任せなさいって」   

…何か違和感。

妙に気前よくすぱすぱと言い切ってしまう薫さんの態度にあきれながら、引きずられるように店の前の小さな階段を上る。

先ほどのブティックのガラス扉が開くと、店員さんたちは、明るく2人を迎え入れてくれた。

…というよりは、ドキッとしたような顔だった気がする。

店員さんたちは、みんなはたちくらいのどちらかというと小柄な体の女性ばかりだった。

この店のシンボルなのか、黒いエプロンに、白字が印刷してある。
作品名:Hysteric Papillion 第4話 作家名:奥谷紗耶