Hysteric Papillion 第2話
「宥稀様、今日は一体どうして遅刻なさったんですの?」
「っ…ゲホッゲホッ…!!」
や、ヤバ…器官入った…?
夏の太陽の下、海がばっちり臨める最高の場所をゲットし、ランチシートを敷いて昼食をとっていた私は、激しく咳き込んでいた。
昼食は、先ほど食堂の売店で買ってきたハム、チーズ、レタスのミックスサンドと100%のオレンジジュース。
食べかけの一つが、咳き込む振動で手元をすり抜けてパサリと芝生の上に落ちた。
それでもまだ、サンドイッチは2つ、パックに残されているから、いいんだけど…いや、やっぱりよくないや。
絶対、午後はお腹減るなぁ…覚悟しないと。
「宥稀様、大丈夫ですか?!」
「ゴホッゴホッ…だ、大丈夫…ごめ…佳乃…」
私の背中に、佳乃の小さな手が添えられ、ゆっくりと背中をなでてくれる。
山岡佳乃。
私がこの学校に転校してきて最初の友達。
それ以来、ずっと同じクラスになっているから、不思議な縁だなぁって感じてる。
自分とは違って、小柄で細い体で、トーンの高いかわいい声を持っていて、どこから見ても正真正銘の箱入り娘って見える。
確か中学1年生くらいまではほとんど同じだった背丈も、いつの間にか、私が軽く12、3センチは追い越しちゃったんだよね。
私のことをなぜか『様』付けまでして、慕ってくれている、ちょっと微妙な位置関係の女の子。
目をウルウルさせて、少女漫画の主人公みたいに見つめてこられると、こちらも苦笑いを浮かべずには……。
「ゲホゲホ…あ、朝にさ、いつもより遅い電車に乗ったら、その…乗り過ごして、次の駅からタクシー飛ばしてきたの」
佳乃と話すときは、いつものようなお嬢様言葉じゃない。
こっちのほうが私らしいと、彼女だけは言ってくれるんだ。
だから、弱いのかなぁ…佳乃だけは…。
しかし。
あの変な女性のことを体育や移動教室が多かった午前中にすっかり頭の中から消去していたはずなのに、こういう時に思い出されて、ちょっと気分が害された気がした。
さすがに、佳乃には言えない…。
朝から『ナンパ』もどきなことをされただなんて…、いや、もしかしたら、この子には『ナンパ』の意味すらわからないよねえ…。
「そうだったんですか…大変でしたのね、宥稀様…。でも私、とても心配しましたんですのよ?もしかしたら、宥稀様が途中で事故に巻き込まれてしまったんじゃないかとか、連れ去られてしまったんじゃないかとか、そう思うと涙が…」
え…えぇ!?ちょっ、ちょっと、佳乃!?
「か、佳乃?!どうしてここで泣くの?!」
「エグッ…ヒクッ…宥稀様がいなくなったら、私は…っ…」
ハンカチを差し出すけど、効果なくポロポロと頬に涙の筋がぁ…。
何だか、近くを通る生徒たちの非難の目が一身に向けられているようで、い…居づらい。
『ほら、あの子、友達泣かせてるわ…』なんていう冷ややかな視線が痛い。
もう、どーしてそんなことくらいでどうして泣くのさぁ!!
そんな顔されちゃ、こっちが泣きたくなるじゃないよ。
「あ、あー…佳乃、頼むから泣かないでよ。ね??私は単に今日はナンパみたいなことされたせいで遅く…」
「ふうん、宥稀『ナンパ』なんてされたの?」
○×■※★!!!???
…こ、この声は……。
なんだか、後ろの方からダークな気配が…。
ゾワッとした空気が体を取り巻くように…。
「ごきげんよう、宥稀?」
「か…かず…かずっ…さ…」
突然の“この方”の出現で、私の顔は思い切り引きつって、うまく口が回らないよ…。
ちょっと私より背の低いはずの方は、腕を組んでこちらを見上げてくる。
威厳、たっぷりだし…。
「あら、私の名前は和美よ。それさえも言えないの?」
いたずらながら知的な笑みと(年の割りには)絶対的な余裕と貫禄。
この人に出会った日から、私はこの人にだけは、絶対に勝てないと思ったけど…どうやら今でもそうらしい。
「あなたが遅刻してくるなんて珍しいわね?ご家族の方、怒っていらっしゃるんじゃない?」
た、確かに…怒ってるだろうな。
1時間目の途中に乱入してきて、その挙句に今日、礼拝堂の掃除を一人で任された…なんて言ったら、どうなるだろう。
帰るのが憂鬱だ…。
考えてるとなんだか疲れた。だるそうに和美さんに訊く。
「…何の御用ですか?」
「上級生に向かってなんていう口の利き方…でも、それがあなたのかわいいところなんだけど」
全く、ほめてるのやら、けなしているのやら。
そう言うと、私の髪に指を絡ませながら、和美さんは私の煮え切らない態度をくすくすと笑った。
それに続けるように、しがみついていた佳乃が告げる。
「梓先輩、朝も宥稀様を尋ねてきて下さったんですよ?」
「え…すいません、2回も…」
「いいえ、そんなことかまわないわ。それよりも…今週の水曜日の午後、あいているかしら?」
和美さんが、意地悪な笑みから、少し冷ややかな笑みに変わる。
あ、まじめな話だ、とわかる。
「はい、今のところは何も…」
続けて何か言おうとした和美さんは、私の隣にぴったりくっついている佳乃を見る。
「…今、まずいかしら?」
「あ、いいえ。佳乃は知っていますから、かまいません」
「そう…」
和美さんは、意外ね?というような微笑を浮かべた。
そんなに意外だったのかな?
「茨城の方で、あなたの言っていたのと似た特攻服のチームが見つかったそうよ。向こうと連絡はしておいたから、午後、クラスに迎えに行くわ」
「ほ、本当ですか?」
「次こそ、当たるといいわね?」
「…はい」
私は、静かに喜んだ。
…だけど、一人でそういう思いに沸き立っていたから、隣に気付いていなかった。
気付いてみれば、エグッ、ヒクッというお決まりの声が聞こえていて…。
「か、佳乃!?」
つい、ヒステリックな高い声を上げてしまった。
「エグッ…ヒクッ…また宥稀様が危ないことに手を出すだなんて、私…もう…」
「あ~あ、泣ーかしたー泣ーかしたー、2年7組18番、司原宥稀が女の子泣ーかしたー♪」
「か、和美さん!?そんな誤解を招くようなこと…小学生じゃないんですから歌わないでください!!」
「ヒクッ…宥稀様ぁ…」
「ひどいわねえ、女の子泣かしてそのままなんて」
和美さん、ホホホ…とかって、高笑いしない!!全部あなたのせいなのにぃ!!
佳乃も泣かないでよぉ…。
「ほら、泣かないでってば。どこにも行かないって…」
「宥稀様、お願いですから…もう危ないことしないでくださいっ…」
…全然お話にならないくらいの大展開が、佳乃の頭の中じゃ上映されてるみたい…。
「泣ーかしたー、泣ーかしたー…」
っていうか、和美さん、行かないでくださいよ!!
それでもって、変な歌を歌うなぁ~~~!!
ハア…。
「っ…ゲホッゲホッ…!!」
や、ヤバ…器官入った…?
夏の太陽の下、海がばっちり臨める最高の場所をゲットし、ランチシートを敷いて昼食をとっていた私は、激しく咳き込んでいた。
昼食は、先ほど食堂の売店で買ってきたハム、チーズ、レタスのミックスサンドと100%のオレンジジュース。
食べかけの一つが、咳き込む振動で手元をすり抜けてパサリと芝生の上に落ちた。
それでもまだ、サンドイッチは2つ、パックに残されているから、いいんだけど…いや、やっぱりよくないや。
絶対、午後はお腹減るなぁ…覚悟しないと。
「宥稀様、大丈夫ですか?!」
「ゴホッゴホッ…だ、大丈夫…ごめ…佳乃…」
私の背中に、佳乃の小さな手が添えられ、ゆっくりと背中をなでてくれる。
山岡佳乃。
私がこの学校に転校してきて最初の友達。
それ以来、ずっと同じクラスになっているから、不思議な縁だなぁって感じてる。
自分とは違って、小柄で細い体で、トーンの高いかわいい声を持っていて、どこから見ても正真正銘の箱入り娘って見える。
確か中学1年生くらいまではほとんど同じだった背丈も、いつの間にか、私が軽く12、3センチは追い越しちゃったんだよね。
私のことをなぜか『様』付けまでして、慕ってくれている、ちょっと微妙な位置関係の女の子。
目をウルウルさせて、少女漫画の主人公みたいに見つめてこられると、こちらも苦笑いを浮かべずには……。
「ゲホゲホ…あ、朝にさ、いつもより遅い電車に乗ったら、その…乗り過ごして、次の駅からタクシー飛ばしてきたの」
佳乃と話すときは、いつものようなお嬢様言葉じゃない。
こっちのほうが私らしいと、彼女だけは言ってくれるんだ。
だから、弱いのかなぁ…佳乃だけは…。
しかし。
あの変な女性のことを体育や移動教室が多かった午前中にすっかり頭の中から消去していたはずなのに、こういう時に思い出されて、ちょっと気分が害された気がした。
さすがに、佳乃には言えない…。
朝から『ナンパ』もどきなことをされただなんて…、いや、もしかしたら、この子には『ナンパ』の意味すらわからないよねえ…。
「そうだったんですか…大変でしたのね、宥稀様…。でも私、とても心配しましたんですのよ?もしかしたら、宥稀様が途中で事故に巻き込まれてしまったんじゃないかとか、連れ去られてしまったんじゃないかとか、そう思うと涙が…」
え…えぇ!?ちょっ、ちょっと、佳乃!?
「か、佳乃?!どうしてここで泣くの?!」
「エグッ…ヒクッ…宥稀様がいなくなったら、私は…っ…」
ハンカチを差し出すけど、効果なくポロポロと頬に涙の筋がぁ…。
何だか、近くを通る生徒たちの非難の目が一身に向けられているようで、い…居づらい。
『ほら、あの子、友達泣かせてるわ…』なんていう冷ややかな視線が痛い。
もう、どーしてそんなことくらいでどうして泣くのさぁ!!
そんな顔されちゃ、こっちが泣きたくなるじゃないよ。
「あ、あー…佳乃、頼むから泣かないでよ。ね??私は単に今日はナンパみたいなことされたせいで遅く…」
「ふうん、宥稀『ナンパ』なんてされたの?」
○×■※★!!!???
…こ、この声は……。
なんだか、後ろの方からダークな気配が…。
ゾワッとした空気が体を取り巻くように…。
「ごきげんよう、宥稀?」
「か…かず…かずっ…さ…」
突然の“この方”の出現で、私の顔は思い切り引きつって、うまく口が回らないよ…。
ちょっと私より背の低いはずの方は、腕を組んでこちらを見上げてくる。
威厳、たっぷりだし…。
「あら、私の名前は和美よ。それさえも言えないの?」
いたずらながら知的な笑みと(年の割りには)絶対的な余裕と貫禄。
この人に出会った日から、私はこの人にだけは、絶対に勝てないと思ったけど…どうやら今でもそうらしい。
「あなたが遅刻してくるなんて珍しいわね?ご家族の方、怒っていらっしゃるんじゃない?」
た、確かに…怒ってるだろうな。
1時間目の途中に乱入してきて、その挙句に今日、礼拝堂の掃除を一人で任された…なんて言ったら、どうなるだろう。
帰るのが憂鬱だ…。
考えてるとなんだか疲れた。だるそうに和美さんに訊く。
「…何の御用ですか?」
「上級生に向かってなんていう口の利き方…でも、それがあなたのかわいいところなんだけど」
全く、ほめてるのやら、けなしているのやら。
そう言うと、私の髪に指を絡ませながら、和美さんは私の煮え切らない態度をくすくすと笑った。
それに続けるように、しがみついていた佳乃が告げる。
「梓先輩、朝も宥稀様を尋ねてきて下さったんですよ?」
「え…すいません、2回も…」
「いいえ、そんなことかまわないわ。それよりも…今週の水曜日の午後、あいているかしら?」
和美さんが、意地悪な笑みから、少し冷ややかな笑みに変わる。
あ、まじめな話だ、とわかる。
「はい、今のところは何も…」
続けて何か言おうとした和美さんは、私の隣にぴったりくっついている佳乃を見る。
「…今、まずいかしら?」
「あ、いいえ。佳乃は知っていますから、かまいません」
「そう…」
和美さんは、意外ね?というような微笑を浮かべた。
そんなに意外だったのかな?
「茨城の方で、あなたの言っていたのと似た特攻服のチームが見つかったそうよ。向こうと連絡はしておいたから、午後、クラスに迎えに行くわ」
「ほ、本当ですか?」
「次こそ、当たるといいわね?」
「…はい」
私は、静かに喜んだ。
…だけど、一人でそういう思いに沸き立っていたから、隣に気付いていなかった。
気付いてみれば、エグッ、ヒクッというお決まりの声が聞こえていて…。
「か、佳乃!?」
つい、ヒステリックな高い声を上げてしまった。
「エグッ…ヒクッ…また宥稀様が危ないことに手を出すだなんて、私…もう…」
「あ~あ、泣ーかしたー泣ーかしたー、2年7組18番、司原宥稀が女の子泣ーかしたー♪」
「か、和美さん!?そんな誤解を招くようなこと…小学生じゃないんですから歌わないでください!!」
「ヒクッ…宥稀様ぁ…」
「ひどいわねえ、女の子泣かしてそのままなんて」
和美さん、ホホホ…とかって、高笑いしない!!全部あなたのせいなのにぃ!!
佳乃も泣かないでよぉ…。
「ほら、泣かないでってば。どこにも行かないって…」
「宥稀様、お願いですから…もう危ないことしないでくださいっ…」
…全然お話にならないくらいの大展開が、佳乃の頭の中じゃ上映されてるみたい…。
「泣ーかしたー、泣ーかしたー…」
っていうか、和美さん、行かないでくださいよ!!
それでもって、変な歌を歌うなぁ~~~!!
ハア…。
作品名:Hysteric Papillion 第2話 作家名:奥谷紗耶