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土と生命力

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 土との触れ合いがどれほど人間の生命力に影響しているかを、田舎で育った私に証明してくれた人物がいる。
その人は私の生まれた村落のお婆ちゃんで名を花江といいまことに若々しい名前の持ち主だ。ふしぎなことに、花江の印象は私が物心ついたころから晩年まで少しも変っていなかったということである。

 花江は90歳を過ぎたころからさすがに腰は曲り顔も皺だらけになっていたが、耳が遠いふうもなく人との会話でも的確な対応ができていた。

 
 私は小学生から高校にかけてずっと花江に好感をもっていなかった。噂好きという風評に加えて、花江の親族が我が家に或る因縁染みた恨みを持っていると聞いていたからだ。

 
 ところが、私に次女が生れて養育を担当することになった叔母が花江と親しくし始めた。そのきっかけは花江から宗教を勧められてからのようで、叔母は毎日のように赤ん坊を乳母車に乗せて花江の家に行っていたらしい。

 次女が小学校へ入学するまでそのような日々は続いた。私は自分の子供がお世話になっている花江の家族に心の内で感謝するようになっていた。花江も私には丁寧な言葉で話しかけてくれるので良い人のように思えてきて、今までとは違った優しいお婆ちゃんという印象をもたせてくれた。


 あるとき花江が息子夫婦とは別棟の小さな小屋ふうの住居で自炊をしていることを知った。
そのころである。
花江は乳母車に野菜を積んで私の家にも売りに来始めていた。かれこれ90歳に手が届くほどの年齢だった。

 野菜はどこから仕入れているのかと尋ねる私に、花江は自分のうちの山の畑で作っているのだと説明した。何を主に食べているのかという質問には、地元で安く手に入るいりこをだしにして菜っ葉を炊いて食べよります、と言った。だしのいりこも一緒に食べていたらしい。


 成長ざかりの子供や他の家族も居たので、肉や魚料理にばかり気をつけていた私は、蛋白源である小魚と野菜だけでかくも長寿でいられるのかと驚いたものだ。

 その後花江は100歳を超え、長寿者として表彰されたのを市の広報を見て知った。素晴らしい生活をしてきた花江のことを蔭ながら誇らしく思い感動した。

 花江を長く生きさせたのは「土」であった。
 腰が曲がるほど年をとっても畑を耕し野菜を作って暮らしていた花江。また少しの収穫を売り歩き人との交流も忘れなかった花江。
信仰を通じて叔母と親しく付き合ってくれた花江。


 次女は友達と交わるのが苦手な内気な少女だったが、花江の家族のお蔭で小学校に入学するまで楽しく過ごすことができた。その家に昼間預けられて毎日来ていた同年の女の子と遊べたからだ。

その後叔母が呆け始め、次女にもいろいろなことが起きて、花江の家族とは付き合いが疎遠になったが、あの頃の恩を私は忘れてはいない。

 私は花江が亡くなったときと、後に花江の息子の訃報を聞いたときお参りに行って奥さんと話をした。私が当時電話の一つもかけなかったことを、あれは気が利かなかったねと言われた。

 花江の内孫二人は健やかに成長し立派な家庭を持っていると聞いている。花江の子孫はこの先も地に足をつけた歴史が刻まれそうだ。
作品名:土と生命力 作家名:笹峰霧子