家族旅行
「おーい、早くのれよ」
夏休みのヨーロッパ行きの飛行機に家族連れで乗る。父親としてはちょっとしたイベントに違いない。
この搭乗口さえ通過すれば、飛行機が飛びパリに向かう。
家族のひとり、息子くんが搭乗口で立ち往生した。パスポートがないらしい。
一緒にいた母親も慌てる。
「なにしてるのぉ、パスポート?ちゃんと探しなさい」
息子くん、なかなか見つからない。焦る。
職員が気を利かせて、
「横のソファーでゆっくり探してください。お時間はありますので。」
と言ってみたものの、職員たちは内心ほんとに見つからなかった時の対応を、頭のなかで計算する。
「ないの?いやだねぇ」
おかあさん、焦れる。
「最後はどこで見たの?出国してきたんだから、まったくもう」
母親の詰問に息子くん記憶が戻ったかのように
「免税店で…」
と口ごもる。
「おとうさん!免税店で一緒にいたでしょ!パスポート!どうしたの?おとうさんのそのバッグの中に入っているんじゃないの?もー」
お父さん、風向きが悪くなってきた。慌てて、手に持っていたバッグを開けてゴソゴソしはじめる。
「ないよぉ、免税店に置いてきちゃったんじゃないのか?」
お父さん、責任のがれるのに懸命である。
「もー、こんなときに、役に立たないんだから、おとうさんはまったく!」
わからないではない。家族3人で欧州一週間。場合によっては100万円の旅行だ。搭乗口直前で、その旅行と代金がフイになりかねない。
おと、その時、かあさん、突然慌て始めた。
「あらっ!」
おかあさんは、着ていたジャケットのポケットをゴソゴソしはじめる。
「あったわ!あったー!」
なんと、パスポートはお母さんのコートのポケットに「最初から」入っていたのである。
おかあさんは、そそくさと機内へと入っていった。